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―12―
真っ暗な空を見上げてから、蔦生はまた視線を香南に戻した。
「もう晩飯食べた?」
香南は急いで答えた。
「食べました」
「そうか。 僕はまだなんだ。 一緒に行けるかと思ったんだがな」
蔦生はさらりと言い、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
「昔、この辺に住んでた。 だから懐かしくて、時々来るんだ。 その頃とはすっかり変わっちゃったけど」
「ああ」
あいまいに相槌を打って、香南は足の重心を変えた。 疲れが極限まできて、ずきずきする。
痛む踵に気を取られたせいで、さりげなく続いた次の爆弾宣言に、初めは気付かなかった。
「だから、ここに部屋借りることにした。 遅くなってもわざわざ帰らずにすむように」
「はあ」
ぼんやりと答えると、香南は通勤用に履き換えたメッシュのスニーカーから、右足を半分出した。 ふやけて痛いので、靴の踵をつぶしてサンダルのようにしようと思った。
動作の途中に、蔦生の言葉が頭にしみこんた。 香南は、半分足を浮かせたままで、目の前にいる男をまじまじと見つめた。
「は?」
「下の102号室。 空いてるって、君が今朝言った」
「あの……」
返事が見つからなくなった。
蔦生は平気な顔をしていた。 思いつきで部屋を借りるなんて、ごく当たり前のことだというように。
「やっぱ僕もロックつけよう。 見てたから、あの器械のセット買ってくれば自分でつけられそうだ」
「ええと、あの」
「あ、ごめん。 もう部屋に入りたいよね。 僕も今夜は帰らなきゃ。 明日、身の回りの物を少し持ってくるんで、そのとき改めて。 じゃ、お疲れさま」
「……ありがとうございました」
香南はなんとか普通の調子で挨拶を返した。
開錠して、小さな玄関に入り、靴を脱ぎ捨てると、香南は電気をつけるのも忘れて、横の壁に寄りかかった。
102号室だー? 家賃六万七千円、敷金・礼金で後二か月分、約二十万円をポンと払っただとー?
その上、ロック二個でもう九万。
ちゃんと家があるのに、帰るのが面倒だってだけで。
どんだけ贅沢なんだ。 香南は頬を思い切りふくらませて呟いた。
「まじむかつく」
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