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表紙

crimson sunrise
―11―


 ぎこちない表情で蔦生を見ながら、香南はつい本音を口に出してしまった。
「びっくりしたー。 ほんとに来るとは思わなかった」
 すぐ前まで来て立ち止まると、蔦生は微苦笑を浮かべた。
「来るって言っただろ? それに、ちゃんと連れてきてるよ」
 そう言うなり振り返って、声をかけた。
「お待たせ。 こっちなんで、お願いします」
 すると、それまで気づかなかったが、木陰に止まった大きなロゴ入りのワゴン車から、工具箱を持った男が降りてきた。


 ロックは、ドアの上に挟みつけるタイプだった。 ものの十分ほどで取り付けが終わったので、工事費込みで四万二千円は高いと思ったが、蔦生が有無を言わせず現金で払ってしまった。
「でも……」
「こっちが勝手にセッティングしたんだから、費用は当然僕持ち」
 あれよあれよという間に三つの解除用リモコンを渡され、領収書を無くさないように念を押された。
「万一リモコンを落としたり盗まれたりした場合、すぐご連絡ください。 新しい組み合わせに変えて、安全確保できますんで」
「はい」
「それじゃ。 ご利用ありがとうございました」
 そう言い残して、中年の店長はサッと車に乗って去っていった。


 残った蔦生は、しげしげと外からロックを見つめた。
「これ便利だな。 うちにも付けようかな」
「本当に付けてくれてありがとう」
 戸惑いながらも、香南は一応礼を言った。
「でも、借りを作るのは何だか……」
「恩に着るのはこっちのほうだよ」
 蔦生は静かに答えた。
「すごく怪しい状況だったのに、君は騒ぎ立てなかったし、通報もしなかった」
「しようとしたのよ」
 声が小さくなった。
「その前に蔦生さんが目覚ましちゃって」
「それはまあ普通そうするよ」
 蔦生は動じなかった。
「僕の話聞いた後では、しなかっただろう? 珍しいほど冷静だった」
 そうかな?
 足がすくんだだけだとも言えるが、パニックにならなかったのはちょっと嬉しかった。






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