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crimson sunrise
―6―


 あっけに取られている香南の前で、まだクスクス笑いながら、蔦生〔つたお〕は立ち上がった。
 座っていたときベッド面より膝が上に位置していたから、背が高いだろうと予測していたが、やっぱり大きかった。 180は越えているだろう。
 彼が、コートをかけてある椅子のほうへ向かってきたので、香南はじりじりと窓めがけて後退した。 蔦生は、その様子を見て足を止めた。
「迷惑かけたね。 お詫びに、何かほしいものがあれば」
「ない」
 考えるより先に、言葉が出た。 すみやかに立ち去ってもらえれば、それだけでいい。
 しかし、青年は動きを止めたまま、提案を続けた。
「じゃ、鍵屋に頼んどくよ。 何時ごろだと都合いい?」
 香南は脱力して、床に座りこみそうになった。 なんなんだ、この人は。
「いいです。 自分で呼ぶから」
「その費用ぐらい、払わせてくれよ」
「あのね、仕事からいつ帰るか、決まってないの」
「ああ、そう」
 蔦生は反射的に、左手首につけた立派な時計を確かめた。
「出勤時間も決まってない? いま六時二十七分か。 まだ早いんだな」


 え? 起きて彼を発見してから、まだ七分しか経ってない?
 信じられなかった。 もう一時間ぐらい立ち話している感じだ。
 香南が顔をくしゃくしゃにしている内に、蔦生は二歩で椅子に近寄り、コートをすくい上げた。 そして、ポケットから上品な光沢を放つ革財布を取り出したので、香南は思わず声を上げた。
「弁償なんて要りませんから! もう貴方のこと、悪気で侵入したとは思ってないし」
 そこで思いついた。
「でも、貴方を部屋に入れた人は気にいらない。 誰だか教えて」
「いいよ」
 蔦生は、待ってましたという様子で答えた。
「古溝〔ふるみぞ〕っていうんだけど、知ってる?」
 香南は二秒ほど記憶を探った。
「待って。 たしか二週間ぐらい前のバーベキュー・パーティーに、そんな名前の人がいた。
 ね、どんな顔?」
 蔦生は真剣な表情になった。
「長い顔で、眼鏡をかけてる。 背丈は170ちょっとぐらいで」
「鷲鼻?」
 目を細めて、蔦生はうなずいた。
「そういえば、そうだ」
「バーベキューのとき、二箇所に荷物まとめて置いたのよ。 もしかしたら、そのとき……」
「鍵をコピーしたかもな」
 初めて、二人の意見が一致した。






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