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―5―
水を被った犬のように、香南は勢いよく頭を振った。
この状況、どう見ても変だ。
侵入者が悠々とベッドに座って、何お説教垂れてるんだ!
ひとつ大きく息を吐いてから、香南は勇ましく男に立ち向かった。
「ごまかさないでよ! あなた誰? なんで不法侵入してるの?」
男は、ようやく香南から視線を外すと、片手で眠そうに目をこすった。
「不法侵入とは知らなかったんだ。 仕事の帰りにすごくだるくなって、休めるところを探してたら、近くに友達の部屋があるからと連れてこられた」
香南は顔をしかめた。 こんな言い訳、ハナから信じなかった。
「で、その連れてきた人ってのが、私の部屋のキー開けたの?」
「そう」
「男の人?」
「うん」
「この部屋を前に借りてたのは、女性なんだけど」
男が手から片目を覗かせた。 ヤツが何を考えているのかわかって、香南は腹が立った。
「言っときますけどね、彼氏に鍵渡したりしませんよ。 そんなふうに付き合うつもり、ないの。 ええと、誰か知らないけど誰かさん」
男は顔から手を下ろし、唐突に言った。
「蔦生〔つたお〕」
は?
聞き慣れない音の羅列に、香南はとまどった。
「なに?」
「名前。 蔦生といいます。 ツタが生えると書いて」
「ああ……」
名前まで奇妙だと思った。 そもそも苗字か下の名前かよくわからない。 声が中途半端になった。
「えと、蔦生さん、そういうことなら、もうよく寝たみたいなので、帰ってもらえます?」
大きめの目を見開いて、蔦生と名乗った青年は香南を見返した。 ほとんど表情を変えないが、驚いているのがわかった。
「帰っていいの?」
香南は参った。
こんなに予測のつかない反応を示す人には、会ったことがない。 思わず訊いてしまった。
「ここにいたいわけ?」
蔦生は、にわか雨が顔にかかったように、せわしなく瞬きした。
それから、不意に笑い出した。 なんと、心から楽しそうな笑い方だった。
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