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表紙

 あの日あの時  47




   二人のために、レイバーン氏はロディに二週間の休暇をくれた。
「いいかい、それ以上は半日でもダメだよ。 本当は一日いないと仕事がとどこおって大変なんだ。 この男はわたしの手足で、頭脳でもあるんでね。 おっと、それじゃ全部か」
 新婚旅行が終わったら、すぐニューヨークに飛んで行くと、二人は固く約束させられた。


 それからは駆け足だった。 次の日にロンドンへ帰って結婚の特別許可を取り、二日後に式を挙げた。
 何もかも急ごしらえだったが、ウェディングドレスだけは、丸一日かけて高級ブティックで選び、サイズ直しをしてもらった。 それは、お互いの誤解で長く待たせてしまった花嫁への、ロディの誠意をこめたプレゼントだった。


 コートダジュールでの五日間は、夢のような日々だった。 太陽は白い砂に照り輝き、空は果てしなく澄んでいた。
 それなのに、四日目には二人とも落ち着かなくなり、いそいそと帰り支度を始めたのは不思議だった。 やはり人は、生まれ育った気候が一番身に合っているのかもしれない。 船でサザンプトンに降り立ったとき、お決まりの灰色雲が上空を覆っているのが、妙に懐かしかった。

 二人が目指したのは、ダラント村。 エマの故郷だった。 結婚したことは、ロンドンから電報を打って知らせておいたが、いつまでも家政婦のウィンプルに家の管理を任せておくわけにはいかない。 夫婦そろってニューヨークに発つ前に、事務的なことを整理しておかなければならなかった。

 小さな駅で列車から降りると、駅長がぶらぶらと近寄ってきた。
「やあ、エマさん、結婚したそうだね」
 さすが田舎町で、噂話はあっという間に広がっていた。 エマは微笑して、傍らのロディを振り返った。
「ええ、ロディ・ソーンと。 顔見知りでしょう?」
 上等なスーツを着こなした青年紳士をしげしげと眺めて、駅長はためらいがちに尋ねた。
「さてと、バウカーさんとこに下宿していた大学生じゃないかね?」
「当たり!」
 ロディの魅力的な笑顔が炸裂した。 男二人は握手し、駅長は結婚おめでとうと祝福してくれた。

 新婚夫婦は、ゆるゆると上がる坂を並んで歩いていった。 本屋の店先に眠る猫、ホワイトサンド川にかかった古い橋、すべてが眠ったように、昔のままだった。
 懐かしげに首を回して、ロディは景色を眺めた。
「ここは変わらないなあ。 空襲がなかったからだね」
「ドルメンもあの時のままよ。 これからも永久にあそこにあるかもしれないわね」
 橋を渡ってしばらく歩くと、七年前より少し古びたガーランド家の門が見えてきた。




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