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あの日あの時
46
ロディがどうしてもと言うから、昼前にエマは彼と手を取り合って、ホールへの階段を下りていった。
残った客たちは、さすがに風の噂で昨夜の事件を聞いたらしく、ざわざわとあちこちで立ち話していた。
エドガー・クレイが真っ先に二人に気付いた。 そして、つないだ手が目に入ると、少し残念そうに声をかけてきた。
「昨日の夜に撃ち合いがあったんですって? 怪我しませんでした?」
さすがアメリカ人でストレートな質問だ。 エマはぎこちない微笑を作って首を振った。
「無事ですわ。 ご心配なく」
とさかのように髪を立てた大柄な青年が近寄ってきて、無遠慮に口を挟んだ。
「おや、ソーン君、君は成金氏の跡継ぎ娘を狙ってるともっぱらの噂だったがな」
露骨なあてこすりにも、ロディは顔色一つ変えなかった。
「ギルダ嬢にはふさわしい人がいる。 僕は相談相手をしていただけだ。 さあ、行こう、エマ」
昔通り、微笑するとロディの顔はマスクが取れたように明るくなった。 その仕草には、誰が見ても一目でわかる心からの愛情があふれていたため、とさか男は白けた表情になってぶらぶらと歩いていってしまった。
腕を組んで歩いていた二人の前に、ぴょんと白っぽいプリントドレスが飛び出てきた。 ギルダだった。
「おはよう。 お父さんのところへ行くの?」
「そうだよ」
と、ロディが答えると、ギルダは並んで歩きながら溜め息をついた。
「いいなあ。 私も駆け落ちしちゃおうかな」
「ちょっと待ってくれよ。 僕たちはやりそこなったんだ」
「だからよ! あと七年も待つなんて嫌だもん。 マットがあなたみたいに気が長いかどうかわからないし」
「マット?」
思わずエマが呟くと、ギルダは活き活きした眼を向けた。
「そう、マット・アーチャー。 バンドの指揮者で、サックス奏者で、作曲もするの。 私たち、もう半年も愛し合ってるんだけど、お父さんがね、ジャズバンドなんていつポシャるかわからないなんて言って、許してくれないの」
かわいい口からぽんぽんと出てくる愚痴を聞いているうちに、エマの記憶がよみがえってきた。
「ええと、あなた達、昨日の朝早くに森で逢ってなかった?」
「あら!」
ギルダは顔を赤くして、わっと笑い出した。
「見られてた? そう、あれがマットよ。 背が高くてかっこいいでしょう? 顔はまあまあ程度だけど」
君は僕のミューズだ、と囁いていた青年の横顔を、エマはぼんやりと思い出した。 悪い顔ではなかった。 それに、はっとするほど真剣だった。
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