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あの日あの時
1
季節は、春だった。
静かな小ぬか雨が、朝の空気を満たしていた。
雨が午後も降り続いていたら、エマは村に行かなかったかもしれない。
だが、次第に雨足が強くなるという予報は外れ、昼過ぎには雲が切れて、弱い陽射しがところどころ覗いた。
それで、エマは手紙を出しに行く気になった。 濡れて銅色になった石畳を軽やかに進み、雑貨屋に立ち寄ってガラスの蓋付きケースに入った粒チョコを一掴み買った後、小さな郵便局のドアをくぐった。
窓口で、局員のマーカスンから五ペンスの切手を買い、封筒に貼っていると、ドアがきしんで、もう一人客が入ってきた。 エマは何気なく顔をもたげた。
目が合ったとき、どちらも動きを止めたような気がする。 定かではないが。
後で思い返すと、凍てついた冬の日に湯気で曇るガラス窓に似て、その午後のすべてが白くかすみ、おぼろげにしか浮かんではこないのだった。
男は帽子に触れ、軽く頭を下げた。 エマも小さな会釈で応えた。 狭い通路で横を通りぬけるとき、肘当てのついたジャケットから、湿ったホームスパンの匂いがかすかに漂った。
事務椅子に座ったマーカスンに歩み寄ると、男は深い上品な声で尋ねた。
「ロデリック・ソーンですが、僕宛の手紙は届いていませんか?」
マーカスンは、ずり落ちた眼鏡の上から男を透かし見た。
「局留めになさったんですか?」
「ええ」
「ちょっと待ってください」
面倒くさそうに立ち上がって、マーカスンは仕分けの済んでいないトレイを持ってきた。 そして、眼鏡をきちんとかけ直して、宛名を確かめ始めた。
もうとっくに切手を貼り終わり、後は投函するだけなのに、エマはなんとなくぐずぐずしていた。 彼と同じ空気を吸っていることが、快かった。 少しくたびれたズボンも、肘の伸びた上着も、親しみを感じさせた。
――新しく村に来た人だろうか。 小学校の先生? それとも、街のにぎわいに疲れて、田舎に静養しに来たビジネスマン?――
いろいろ想像すると楽しい。 エマは封筒を手でもてあそびながら、淡い微笑を浮かべていた。
「あ、これじゃないですか?」
マーカスンが無造作に、茶色の分厚い封書を男に渡した。 彼はほっとした様子で、裏を返して差出人の署名を確かめていた。
もう居座る口実がないので、エマは手紙をマーカスンに渡し、郵便局を出た。 忘れないように心の中で、ロデリック・ソーン、ロデリック・ソーン、と繰り返しながら。
のんびり数歩歩いたところで、足音が追ってくるのに気がついた。 深い声が、遠慮がちに背後から呼びかけた。
「あの、これあなたの忘れ物じゃありませんか?」
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