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あの日あの時
2
追ってくるのがわかっていた、と言ったら、嘘になる。 だが、小さな予感のようなものが胸の内でうごめいていた。 若草が芽を出そうとして、まず地中深く根を張るように。
呼吸を整えてから、エマは立ち止まって首を回した。 すると、ロデリック・ソーン青年は、思ったよりずっと近くにいて、あやうくジャケットの胸に肩がぶつかりそうになった。
「あ、失礼。 これなんですが」
差し出された大きな手に載ったものは、小さな茶色の紙袋だった。 粒チョコレートだと気付いて、エマはぽっと赤くなった。
「まあ……わざわざどうも」
「うまそうなチョコレートですね。 どこで買いました?」
「あの雑貨屋さんで」
伸ばした手の先に、『コーディーのなんでも屋』の看板があった。
二人は、自然に並んで歩き始めた。 足の運びまで同じだった。
右、左、右、左……。 うつむき加減で靴の動きを追っていると、またソーンが口を開いた。
「この村の方ですか? お会いするの初めてですね」
「家は村外れなので。 ええと、エマ・ガーランドです」
自己紹介されて、青年の緊張は明らかにほぐれた。
「僕はソーンです。 ロディ・ソーン」
ロディと短く縮めて言ったほうが、この人の雰囲気に合うわ、と、エマは密かに思った。
ロディ・ソーンは、村の端までエマと共に歩いた。 そんなに沢山話した覚えはない。 ただとりとめなく、雨が止んだことや、郵便の配達が遅れがちなこと、今年は早咲きの薔薇の出来がよかったことなどを、ぽつぽつと語り合った。
やがて、石の門柱が見えてきて、エマは立ち止まった。
「うちはここです」
雲の流れが束の間太陽を開放して、オレンジ色の陽射しが道を照らした。 ロディ・ソーンは眩しげに大きな門柱を見上げ、囁くように言った。
「立派なお屋敷ですね」
「古いだけです」
確かに古かった。 建ててから既に二百年は経っている。 だが、そっけない口調とはうらはらに、エマはこの屋敷と庭を、胸が痛むほど愛していた。
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