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あの日あの時
3
二人は微笑を交わして別れた。 門を入ってから振り返ると、青年がくるりと向きを変え、来た道を戻っていくのが見えた。
送ってきてくれたんだ、と、エマは思った。 もしかしたら、私の家がどこか知りたかったのかもしれない。 そんな風に想像すると、胸がときめいた。
母屋に通じる道筋の、青い小麦のようにそよぐ飛燕草の脇に差しかかったとき、背後にエンジン音がして、パフッパフッという間延びした警笛が聞こえた。 誰だかすぐわかった。 ダラント村で自家用車を持っているのは、まだほんの少ししかいない。
エマはすっと右によけて、灰色の車をやり過ごした。 オープンカーの運転席から、金髪をオールバックにしたアッシュ・キャニングが軽い敬礼を送ってきた。
「やあ、エマ。 マギーはいる?」
エマの義母マーゴをマギーと略すのは、村でアッシュただ一人だ。 いくら従兄弟とはいえ、五つも年下なのになれなれしい呼び方だとエマは思う。 だが、面と向かってそう言ったことはなかったし、父も咎めなかった。
「さあ。 私は今戻ったところだから」
「ふうん」
玄関横の平地で車を停め、カーディガンを片方の肩に引っかけて、アッシュは粋な足取りで降りてきた。
「マギーがいなけりゃ君でもいいんだけど、隣町でクリケットの試合があるんだ。 一緒にどう?」
「マギーがいなければでしょう? 村から歩いてきて疲れてるの」
にべもなく言い残して、エマは素早く玄関に入った。 アッシュは綺麗だし話も面白いが、軽すぎてエマにはついていけなかった。
玄関の広間に、ちょうどマーゴが立っていた。 なめらかな額に珍しく皺を寄せて、届いたばかりらしい手紙を読んでいる。 そばの小机から、口のあいた封筒が落ちかかっていた。
エマの軽い足音で、マーゴは顔を上げた。 そして、読みかけの手紙を素早く畳み、上着のポケットに入れた。
「あらお帰りなさい。 お散歩?」
「ええ、ちょっと村まで」
「よう、いたね、マギー」
物静かなエマの語尾は、後ろから入ってきた明るいアッシュの大声にかき消されてしまった。
「クリケットの試合に行こうよ。 一人で騒ぐとバカみたいだからさ」
「軽い頭痛がするのよ。 さっきの雨のせいかしら」
「動けば直るさ。 ねえ、行こうよ姉さん」
「私はあなたの姉さんじゃないわ」
マーゴは従兄弟をちょっと睨んで、表情を緩めた。
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