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表紙

 あの日あの時  45




 エマが寝室に行くと、同室のマーゴはもううつ伏せになって熟睡していた。
 着替えのとき、左腕がピリッと痛んだ。 調べると、斜めに薄い火傷が走っていた。 レイバーンがステッキでアッシュの銃を叩き落したとき、流れ弾がかすめたのだろう。 ほんの僅かな差で死を免れたことを知って、エマは改めて身震いした。

 その晩は、よく眠れた。 朝の十時過ぎに目を開けると、隣りのベッドには誰もいなくて、替わりに窓の前に人が立っていた。
 その背中は、ロディだった。 エマは嬉しさ一杯になって身を起こした。 寝具の擦れる音で、ロディはすぐに向き直った。
「エマ」
「ロディ、おはよう」
「おはよう。 あんまり気持ちよさそうに寝てるから、起こさなかったんだ」
 二人は手を取り合った。 見えない何かに押されるように、ロディはベッドに座りこみ、体を倒してエマの胸元に顔を埋めた。
「……君の匂いだ。 夢の中で、何度こうやって昔に戻ったか……」
 その頭を両腕で抱えて、愛しくてたまらずにエマは軽く揺すぶった。
「ずっと会いたかった。 こうやって抱きしめて、訊きたかったの。 駆け落ちの晩、何があったのか。
 でも、あなたが犯人だと思ったことは一度もなかったわ。 本当に、ただの一度も」
 わずかに顔をもたげて、ロディは片手をポケットに入れ、布切れを取り出した。
「これ、覚えてる?」
 目の前に差し出されたハンカチを見たとたん、エマの表情が動かなくなった。

 それは、茶色のハンカチだった。 事件現場に落ちていたはずの、あのハンカチ。 今でも自宅の箪笥の隅に、ひっそりとしまわれているのに、それがなぜここに……!
 答えないエマの反応を誤解して、ロディは気まりわるそうに話を続けた。
「これさ、君の涙を拭いたやつなんだ。 洗えなくて、ずっと持っていた」
「ロディ……」
 エマは、無意識に手を口に持っていった。
「このハンカチは、もしかしたらダラント村で買ったの?」
「そうだよ」
 ロディはいぶかしげに目を上げた。
「どうしてわかった?」
「いえ…… そう、そうだったのね」
 じわじわと感慨が胸をひたして、エマは再び涙をこぼした。
「本物の愛の証ね」
「泣かないで。 今日は幸せな日なんだから」
 ロディは優しく言い、腕一杯にエマの温かい体を引き寄せた。




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