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 あの日あの時  42




 すぐに銃声が庭に轟いた。 エマは、火のようなものがかすめたので、反射的に腕を押えた。
 だが、弾は彼女にも、そしてロディにも当たらなかった。 ウッという呻きと共に、アッシュがぽろりと拳銃を手から落とし、地面に倒れてのたうち回った。
「くそ! くそ、痛えー! 骨が、俺の骨が!」
「骨が折れたぐらい何だ。 強盗殺人に殺人未遂二件だぞ。 この場で射殺してもいいぐらいだ」
 重々しい声がアッシュの背後から響いた。 エマが素早く顔を上げると、大富豪グレイスン・レイバーンの端正な顔が月明かりで仄かに見えた。 その肘に、娘のギルダがしっかり掴まっているのも。
 レイバーンは、構えていたステッキを持ち替え、地面に身をかがめてアッシュの手から飛び出した拳銃を拾った。 それから、容赦なく言った。
「立て」
 呻きながら、アッシュはよれよれと起き上がり、しおれた様子で連行されていった。

 ギルダは父から離れて、庭に残った。 そして、緊張の残った震える声で小さく笑った。
「すごいスリル! お父さんが若い頃けっこう暴れてたのは知ってたけど、あんなにうまくステッキを使うとは思わなかった」
「おかげで命拾いしたよ」
 エマを抱き寄せたまま、ロディが低く応じた。
「恋人を取り戻したとたん、天国に送られるところだった」
「それもロマンチックかもね。 あ、これは冗談」
 ギルダはまたくすくす笑った。 今度は大分まともな声になっていた。
「カートンさんが、さっきホールに来てね、ガレージ横でエッピーとデートしようとしてたら、仕事人間のロディ・ソーンさんが先に謎の女性と場所を取っていたって、皆に言いふらしてたの。 だから私、お父さんを連れて覗きに来たのよ」
「行儀悪いな」
 ロディが呟くと、ギルダは気やすく手を伸ばして、彼の腕をぽんと叩いた。
「だって、あなたの悲恋の話、いつ聞いても涙ぐましかったんだもの。 今度こそうまく行ってほしいって、父も私も家族みたいに心配してたんだから」
 家族みたいに? エマは胸のつかえがすっと消えてなくなるのを感じた。 ギルダはライバルではないらしい。 それどころか、ロディの後押しをしていたようなのだ。 父子揃って。
 ギルダは、ついでにエマの腕も軽く叩いた。
「今度こそ頑張って、恋を貫いてね。 私も頑張るから。 じゃね」
 ドレスの袖をひらひらさせて妖精のように走り去るギルダを、エマはぼんやりと見送った。 私も頑張るとはどういう意味だろうと、いぶかしく思いながら。




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