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表紙

 あの日あの時  41




 ロディの腕にかけたエマの手が、冷たくなった。
 くしゃっと丸まって床に落ちていたハンカチが、どっと記憶によみがえった。 あれは、ロディのハンカチ。 もし最初に気付いたのがエマでなければ、強盗犯の遺留品として絶対に重要証拠にされていたはずの……
 エマの指が、ロディの袖に食い込んだ。
「犯行時間は夜の九時から九時半ぐらいなの。 その時間、あなたにはアリバイがあった。 汽車に一人で乗って、とっくにロンドンに着いていた。
 でも、それを知らない人間がいた。 九時三十五分の汽車に私たちが乗ると思って、それで……」
「それで?」
 ガレージ右の、大きな立ち木が並んだ暗闇から、聞き慣れた声がした。

 ロディが腰をかがめて、素早く立ち上がった。 エマも続いて立ち、声のした方に目を凝らした。
 木の横に、いつの間にか立っていたのは、粋な身なりをしたアッシュだった。 その手には、ずんぐりした二十八口径ぐらいの小型拳銃が握られていた。
 まっすぐロディの胸に狙いをつけて、アッシュは微笑んだ。
「だからあんた達を逢わせたくなかったんだよ。 お節介なマーゴがエマを招待したって聞いたときは、冷や汗が出たよ」
「なぜ……」
 顎ががくがく鳴って、エマは言葉を切った。
「なぜ、あんなことを」
「決まってるだろ? 金のためさ」
 アッシュは銃を持ち直し、二人に一歩近づいた。 ロディはエマを庇う態勢を取って、眼を油断なく光らせていた。
「それに、クリフォードって男が嫌いだったしな。 威張ってて、冷たくて、貧乏人の俺を馬鹿にしやがって」
「初めから殺すつもりだったのね」
「そうだよ。 前からチャンスを待ってたんだ。
 ウィンプルさんが駆け落ちの話をクリフォードのおっさんに報告してるのを立ち聞きしてね、しめたと思った。 金をさらって娘と逃げるなんて、いかにもありそうな話じゃないか」
「でも、私は戻ってきた」
 エマは歯を食いしばった。 アッシュは馬鹿にしたように、銃口をくるりと回してみせた。
「あれにはびっくりだった。 臆病風に吹かれて、家出できなかったんだと思ったさ」
「よくもそんなこと!」
 怒りに我を忘れて、エマはアッシュに飛びかかろうとした。 アッシュは一歩引き、拳銃の照準をエマに移した。
「おっと、興奮するなよ。 そんなに焦らなくても、すぐ天国に行かせてあげるからさ。 こういうのはどうだい? 昔のことで言い合いになって、エマ嬢が護身用のピストルを出す。 揉み合いになって、誤って銃が暴発し、エマが死ぬ。 ショックで錯乱したソーン氏が、頭を撃って自殺」
 それから彼は、凄絶なほどきれいな笑顔を作って、二人に歩み寄った。




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