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表紙

 あの日あの時  37




 しばらく、風にざわめく枝の音だけが聞こえた。
 それから、ロディが息で尋ねた。
「じゃ、僕に会いに?」
 エマは顔を上げた。 たちまち、身をよじるほど恥ずかしくなった。 あのメモはロディからじゃなかった。 なのに私は、嬉しくてすぐに飛んできてしまった……
 だが、そんなうじうじした気後れは、ロディの次の反応で、あっという間に吹き飛んだ。
 彼は、不意にエマの両腕を掴み、自分のほうを向かせた。
「本当に? 今度こそ来てくれたんだね?」
 そして、感きわまった様子で、激しく抱き寄せた。

 エマは、彼の胸で落ち着きなく視線を動かしていた。 世界が逆様になったような気がした。 なせロディはこんなに喜ぶ? さっきまで知らんぷりしていたのに、なぜ? それに、呼び出してないなら、どうしてここにいた? なぜ? なぜ……?

 疑問符の乱舞に疲れはてて、エマは目をつぶった。 やがて心の強ばりがほぐれ、緊張が解けた。 もうどうでもよかった。 ロディさえいてくれれば。 ロディがいて、強い腕で支え、守ってくれさえすれば。


 ぎょっとするほど近くで乱れた足音が聞こえた。 すぐに引き続いて、男女の嬌声が響いた。
「この辺がいいよ。 ここなら誰もいやしない」
「うーん。キスして」
「焦らない。 まず上着を脱いで、レディが夜露に濡れないようにしないと」
 べったりと抱き合って刈り込みの陰から出てきた二人は、芝の上に先客がいたので、驚いて足を止めた。
「おや、失礼」
 エマを背中で庇って、ロディは斜め後ろにジロリと目をくれた。
「いいから、早くあっちへ行ってくれ」
 女のほうが、驚いた様子で声を立てた。
「ソーンさん? びっくりした。 まさかあなたが」
「やめろよ」
 男の囁きが聞こえると同時に、二人は回れ右して、元来た茂みに消えていった。

 ロディの胸が細かく揺れ出した。 彼が笑っているのに気付いて、エマは少し驚いた。
「まさかロディ・ソーンが女性と密会なんてってか? ふざけるなよ。 僕だって」
 抱いた腕に力が篭った。
「僕だって恋はするんだ」




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