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表紙

 あの日あの時  36




 エマは肘をついて、ゆっくりと体を起こした。 とたんに頭痛がひどくなった。 意地悪な小人が頭の中にいて、頭蓋骨をゴムのハンマーで引っぱたいているような痛みだった。
 右手で頭に触れてみて、エマは凹んでいないか確かめた。
「傷はないみたい。 誰が、何で殴ったのかしら」
「脳震盪を起こしてないかな。 すぐ医者に診せよう」
「大丈夫よ」
 エマは急いで言った。
「記憶が途切れてないし、目もちゃんと見えるし」
「ということは」
 次第に、ロディの声に怒りが混じり始めた。
「犯人は、ガレージに入った君を尾行して、傷のつかないような物で殴ったあげく、車の排気筒の傍に寝かせて、エンジンをかけたんだな」
 今度は、エマが目を丸くする番だった。
「えっ? それじゃ私……」
「排気ガスで自殺を図ったように見せかけられてたんだ」

 ガレージ脇の芝生に座って、庭園灯の丸い薄明かりに照らされた二人の眼が、初めて合った。
 ロディの目…… ――どっと思い出が押し寄せてきた。 道で顔を合わせたときは随分大人っぽくなったと思ったのに、ここにいて気づかわしげに見つめているロディは、七年前と少しも変わっていなかった。 睫毛の濃いその紺色の眼は、光の関係でほとんど黒に見えた。
「エマ、一人でガレージなんかに来て、何をしてたんだい?」
―― 一人で? まさか一人でなんて。 あなたが手紙をくれたから…… ――
そこではっと気付いて、エマはバッグの口を開くのももどかしく、中を探った。
 メモは、あとかたもなく消えていた。

「あの」
 再び頭痛が増してきた。
「伝言を受け取ったの。 頬に二つ黒子の並んだボーイさんから」
「ジャッコ・クレメンティだ、たぶん」
 秘書という仕事柄、ロディはパーティー用に雇われた職員の名前を知っているらしかった。
「私に話があるから、十一時にガレージへ来てくれって書いてあったわ。 それで来たの」
「匿名の伝言?」
 エマは当惑して、目を伏せた。
「いいえ……あなたの名前だったわ」




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