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表紙

 あの日あの時  35




「エマ! エマ!」
 誰かが遠くで呼んでいた。
 頭痛がする。 鈍く、頭全体を覆うような痛み……
 声は、少しずつ大きくなってきた。
「エマ、お願いだ、目を開けてくれ。 なんでだ! なぜこんなことになるんだ!」
 かすれ、上ずった声は、あの人のものに聞こえた。
 エマは瞼を持ち上げようとしたが、重すぎてどうにもならなかった。 それで、細切れになった記憶をたどり、何とかつなぎ合わせようとした。
 ここは……ガレージのはずだ。 呼び出されたのだ。 確か、メモを渡されて……
そう……そうだ、ロディの呼び出し……!
 しわがれた声は、なおも続いた。
「もう一度会いたかっただけなのに。 会って、運を試したかっただけなんだ。 ああ、エマ、エマ!」
 記憶の糸が、パッとほどけた。
 あのとき、何かが頭に当たった。 というより、落ちてきた……。 あれはいったい……

 殴られたんだ!

 そうわかったとたん、体中に血が巡り始めた。 後頭部の血管が、溶岩流のように脈打った。 
 耳元の声はいまや、悲鳴に近くなっていた。
「エマ、エマ! 起きてくれ。 目を開けてくれよ! 君が死んだら、僕はどうすれば……」
 やっと満足に息を吸うことができたので、力が沸いてきた。 エマは睫毛を揺らし、やっとの思いで薄く目を開いた。

 間近に見えたのは、腕だった。 どうも、抱きかかえられているらしい。 頬に風が当たって吹き過ぎたため、戸外にいることがようやくわかった。
「エマ……?」
 抱いている腕が緊張した。 エマは苦労して瞬きし、定まらない声で尋ねた。
「あなたが、殴ったの?」

 ロディは凍りついた。 エマが頭を乗せている膝が、びくんと動いた。
「殴ったって……、君、襲われたのか?」




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