表紙目次文頭前頁次頁
表紙

 あの日あの時  32




 エドガーは、アメリカ中西部で新型の農作機械を売っているそうだった。 戦争中に開発されたタンクや資材運搬用のトラックの技術が、これからは大いに平和利用されるのだと、彼は熱を帯びて語った。
 時折うなずいて相槌を入れながら、エマの眼は、ダリアが豪華に咲き乱れた庭園と、その後ろに広がる瑞々しい草原にそそがれていた。 初夏の太陽が、花で満ちた庭と白い建物にまんべんなく降り注ぎ、眠くなるような心地よい雰囲気を作り出していた。

 ぐるりと広い庭を一周して、プールの傍まで戻ってきたところで、エドガーは驚いたように口をいったんつぐみ、それからきまり悪げに言った。
「いやあ、自分の話ばかりしてましたね。 すみません。 あなたがあまり気持ちよく受け答えしてくれるものだから」
 エマは微笑んだ。 今日はしゃべりたい気分ではなかったので、エドガーがどんどん話すのがむしろ快かった。
「気になさらないて。 ちょうどよかった。 そろそろ昼食のようですわ」


 アメリカの金持ちは、食事スタイルもイギリスとは違い、広間やテラスに丸いテーブルを並べて、ボーイたちが好みを聞きながら次々と運んでくるという、くだけたものだった。
 マーゴはアッシュと冗談を言い合いながら、鶏料理とサラダを取り分けてもらっていた。 エマは食欲がなかったので、レンズ豆のメレンゲを少しだけ注文した。
 ワインを忙しくついで回っていたボーイが、エマの横に軽く身をかがめて、小声で言った。
「メッセージです、どうぞ」

 手のひらに載せられた四つ折りの紙を、エマはテーブルの下でそっと開いた。 そこには、膝の上ででも書いたのか、非常に読みにくい走り書きで、こう印してあった。

『君に会って、とても驚いた。 できれば話がしたい。 今夜十一時に、ガレージまで来てくれ。
ロディ』


 唾を飲み下して、エマはメモをすばやく畳み直し、バッグに押し込んだ。 ロマンティックな文面じゃない。 会えて嬉しかったとも書いていない。 だが、エマは、心臓が引っくり返るほどどきどきしたし、彼に忘れ去られていなかったのが嬉しかった。 ロディがなぜ約束を破ったか、そのことだけはどうしても訊いておかなければならないとも思った。
 だから、行く決心をした。




表紙 目次前頁次頁
アイコン:お花のアイコン館
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送