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表紙

 あの日あの時  31




 陽気な顔を真っ赤にほてらせた四十がらみの女性が、ショールをはためかせながらマーゴに近寄った。
「まあこんにちは、今日は陽射しが強いわねえ」
「お久しぶり、イームズさん。 確かに暖かいけど、泳ぐほど暑くはないわ。 あの子たち、風邪引かないのかしら」
 マーゴのあきれた視線をたどって、イームズ夫人は背後に首を回した。
「ああ、あれ。 平気なのよ。 最新式の温水プールなんですって」
 横にいたアッシュが、低く口笛を吹いた。
「すごい。 さすが大金持ち」
 それからエマを除く三人は、社交界の噂に花を咲かせはじめた。 口をついて出るのは、知らない名前ばかりだ。 エマは退屈して、モダンな室内をなんとなく見回していた。
 すると、千鳥格子のジャケットにアスコットタイをさりげなく覗かせた青年が、微笑を送っているのに気付いた。
 目を止めてもらえたと知ると、彼はすぐ、ブランデーグラスを持って近づいてきた。 そして、わずかにアメリカ訛りのある英語で気さくに話しかけた。
「初めまして、エドガー・クレイといいます。 マーゴさんの義理の娘さんですね? 噂を聞いてますよ」
 気配で振り向いたマーゴが、陽気に叫んだ。
「あら、もう自己紹介してるの? そうなの、この人がミス・エマ・ガーランドよ」
 気のせいかもしれないが、マーゴはミスのところをことさら強調したような感じがした。
「君たちはゴシップで忙しそうだから、僕がエマさんを案内するよ。 どうですか、庭を歩いてみませんか?」
  エマはちょっと迷った。 確かにつまらない噂話には飽き飽きしているが、初めて会った男性と二人で歩いて、うまく話を合わせられる自信もない。 エマは典型的なイギリス旧家の娘で、どちらかというとはにかみ屋だった。
 奥のドアが開き、男女が姿を現した。 別荘の主人に会いに行っていたロディとギルダ嬢だ。
 二人は本当に仲が良さそうだった。 ギルダが見上げて何かを言い、部屋の喧騒で聞き取れなかったロディが体を傾けて耳を寄せ、それから笑いあうのが見えた。
 とたんに、エマの胸が激しく痛んだ。 あの笑顔。 地味な顔が不意に、朝日に照らされたように輝くあの微笑は、むかし私一人のものだったのに。
 エマは急いで顔をそむけ、作り笑いでエドガー・クレイ青年を見た。
「ええ、広くてきれいなお庭ですから、ぜひ回ってみたいわ」




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