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表紙

 あの日あの時  29




 四つ角の東側と北側には、壊れかけた牧場の柵が伸びていて、遠くで馬が五頭ほど、のんびりと草を食んでいた。
 道には車輪の往来した溝があり、でこぼこしていた。 その凹みをよけて跳ね歩きながら、マーゴは文句たらたらだった。
「こんなことならもっと頑丈な靴をはいてくるんだった。 見てよ、アッシュ。 ちょっと歩いただけで、もう埃がついちゃったわ」
 エマは踵の低い靴で来たため、落ち着いて道の端を歩いていたが、四つ角にたどり着く前にかすかなエンジン音を聞いて、急いで顔を上げた。
 前方から、青い車が走ってくるのが見えた。 最初はカブトムシのように小さかったが、すぐに猫ぐらいになり、やがてマーゴの車と同じ種類のオープンカーだとわかった。
 乗っていたのは二人だった。 風除け眼鏡をかけた男と、助手席の女だ。 立ち止まって目を凝らしていたマーゴは、女の顔が見分けられるようになると、ウッと息を呑んだ。
「まあ、ギルダ・レイバーンだわ」
 そして、思い切り両腕を振って、曲がろうとする車を呼び止めた。

 車は四つ角の手前でスピードを緩め、振動しながらもなめらかに止まった。
 運転席から、男が降りてきた。 その歩き方を見たとたん、エマは頬が引きつりそうになって、いそいで帽子のヴェールを顔に垂らした。
 男は、眼鏡を額に押し上げ、先頭にいたアッシュに尋ねた。
「どうしましたか?」
 その顔、その声…… 間違いようがなかった。 その男は、ロディ・ソーンその人だった。

 アッシュは腰に手を当てて、気軽に説明した。
「僕たちの車、羊の群に巻きこまれちゃってね、エンジンが動かなくなったんですよ。 たぶんオーバーヒートでしょう」
 アッシュの後ろから身を乗り出すと、マーゴが後を続けた。
「こんにちは、ソーンさん、それにレイバーンさんも。 サンソンさんの別荘へ行くんでしょう? 私たちもそうなの。 で、こんなことお願いして悪いんだけど、別荘まで乗せていってもらえません?」
 ロディはためらい、後ろを振り向いた。
 助手席に座った目の大きい娘は、その視線を受けて、すぐうなずいた。
「どうぞ。 後ろの座席に三人なら座れますわ」
「ありがとう!」
「あ、私は……」
 かすれ声で断わりかけたエマの肘を、マーゴの手が優しく、しかし容赦なく捕らえた。
 耳元で、早口の囁きが聞こえた。
「逃げちゃ駄目。 どうせどこかで出会うんだから」




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