表紙目次文頭前頁次頁
表紙

 あの日あの時  28




 やがて、道の角を曲がってアッシュがのんびりと歩いてくる姿が見えた。 これで出かける人数が揃った。 エマとマーゴが後ろに乗り、アッシュが助手席に座って、車はようやくエンジンをかけると出発した。
 広々とした農場を右手に見て、ダイムラーは快調に凸凹道を飛ばした。 そのまま行けば半時間で、目的地のメゾン・ドーロール(=あけぼの邸)に到着するはずだったのだが、林を突っ切ったところで不意に羊の群と遭遇してしまった。
 首の鈴を鳴らしながら通り過ぎる羊たちは、永遠に続くかと思えるほど多かった。 あまり長引いたため、最初はシュンシュンと低い音を立ててリズミカルにアイドリングしていたエンジンが、ニ分もすると不規則にゆれはじめ、やがて停止してしまった。
 気の短いアッシュが、群の後からゆっくり歩いてくる羊飼いに怒鳴った。
「早く行けよ! ちょっとはせきたてろ!」
 しかし、いくら叫んでも、英語のわからない羊飼いは横柄な目つきで顎を上げただけで、相変わらずのんびりと歩いていった。

 まだ最後尾の羊が横をうろついている段階で、運転手は車を降りて二度、三度とエンジンをかけてみた。
 かけた瞬間だけは低く唸るが、すぐ止まってしまう。 運転手は帽子を押し上げ、額の汗をふいて首を振った。
「動きません。 エンジンが言うことをききませんよ」
 後部座席にもたれたまま、マーゴがぶつぶつ言った。
「ここからサンソンさん家まで歩くの? 嫌よ、そんなの。 まだニマイルはたっぷりあるのに」
「ニマイルぐらいなら、私歩けるわ」
 そうエマが取りなしたとたん、睨まれた。 七年の贅沢暮らしで、マーゴはすっかり歩くのが嫌いになってしまったらしい。
「自分だけいい子にならないでね。 あそこに四つ角があるわ. サンソンさん家にはあの角からまっすぐだから、招待客が誰か通るかもよ。 行ってみましょう」
「でもこの車は?」
 運転手のコーコランが訊くと、マーゴは容赦なく答えた。
「動かないんだからここに置いておいて、あなたが家まで歩いて助けを呼んできなさい」
 コーコランはゲッという表情になったが、マーゴは構わず、先に立って歩き出した。 仕方なく、エマとアッシュも車を残して、後からついていくしかなかった。




表紙 目次前頁次頁
アイコン:お花のアイコン館
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送