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表紙

 あの日あの時  25




 駅の構内は人いきれでむんむんしていて、暑いぐらいだった。 だが、ソーンという名前をギルダ・レイバーン嬢と結びつけられたとたん、エマは冷水を浴びせられたようになった。
 形のいい鼻を天井に向けたまま、マーゴその噂を一蹴した。
「それはないわ。 グレイスン・レイバーンはスノッブよ。 娘の婿にするために、毛並みのいい坊ちゃんを探しにヨーロッパへ来たにきまってる。 いくら能力の高い片腕でも、雇い人に一人娘をやりっこないわよ」
「そうかな。 あの二人、はたから見てても本当に仲良しだぜ。 しょっちゅう一緒に買い物に行くし」
「だから、それって虫除けでしょう? ガードマン代わりよ」
 アッシュは従姉妹に流し目をくれた。
「いやにむきになるね。 君こそソーンに熱上げてるんじゃないか、マギー?」
 マーゴは人目もはばからず、体を折って爆笑した。
「やだ! あんな真面目一方な人、どう扱ったらいいか困っちゃうわ。 私の好みはね、遊び人。 あなたみたいなね」
「それは光栄」
 二人が言葉のやり取りをしている間、エマは一言も発しなかった。 間もなく一同は駅を抜けて、夜なのに華やかなネオンで昼間のように明るいロータリーに出た。
 そこでは、運転手付きのダイムラーが三人を待っていた。
「これが私の車なのよ。 カレーで乗ったのは、アッシュがレジャー用に預けているスポーツカー」
 アッシュが? エマはちょっと不思議だと思った。 彼はいつもお洒落でいろんな遊びを知っているが、そんなに金持ちではない。 高価なポルシェを買う金をどこから手に入れたのだろう。
 そうか、マーゴが貸したのか――そう思い当たって、エマは複雑な気持ちになった。 父の遺産は大事に遣ってほしかった。 プレイボーイのおもちゃにつぎ込まれるのは嫌な気分だった。


 ロディ・ソーンの噂は、しばらく棘のようにエマの心をちくちくと刺していた。 富豪の秘書とお嬢さんの恋――ありそうなことだ。 だが、マーゴが笑い飛ばしたのが救いになった。 世間の噂が正しいとは限らない。 現実は、自分の目で見て確かめるしかないのだ。
 郊外に建つマーゴの別荘に着いたとき、エマの眼はほとんどふさがりそうになっていた。 もう家ではとっくに寝る時間だし、旅でいつもの倍は疲れた。 眠い。 とにかく眠い。
 マーゴたちはこれからディナーにダンスパーティーたと騒いでいたが、エマはどちらもパスして、寝室に案内してもらった。





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