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あの日あの時
24
三人は賑やかに話しながら、最寄の駅へと向かった。 パリまで約二百キロ。 特急での鉄道の旅が始まるのだった。
車室は一等だった。 窓が広く、座席もゆったりしている。 快適な上に、流れ過ぎていくフランスの景色が次々と趣を変えて美しいので、エマの眼はしばらく釘付けになった。
旅慣れているマーゴは、鉱泉水で錠剤を飲み、ヒールを柔らかい羊皮の靴に取り替えてくつろいだ。
「そんなに窓にかじりついてると、初めて旅行に出た小学生みたいよ」
「大して変わらないわ。 この一年で、ロンドンに二回行っただけだから」
「まあ、招待して本当によかったわ」
マーゴは大げさに溜め息をついてみせ、隣りに座ったアッシュに目くばせした。
アッシュは、窓ガラスに自分を映して、襟元を直した後、優雅な身振りでエマのほうに体を倒した。
「パリに着いたら、まず何したい? オペラ座、ナイトクラブ、セーヌ観光、なんでもありだよ」
「まずちょっと寝たいわ」
エマは小声になった。
「旅で疲れたの」
「まあ、そうだろうね」
アッシュは鷹揚にうなずいた。 目の前の二人に子供扱いされている気がしたが、少し馬鹿にされても面倒を見てくれるのだからまあいいか、と気持ちを引き立てて、エマはまた外の景色に目を移した。
ゆったりとした稜線がうねり、たまに農家の白い壁と茶色の屋根がきのこのように頭を出す。 緑の野に、葡萄畑と小麦畑が点々と混じり、やがて町並みが現れて、再び緑野に溶けこんでいく。
戦争の爪あとは、もうほとんど感じられなかった。 静かで、安らかだった。
美しい景色がすっかり闇に沈む頃、汽車はパリの北駅に到着した。 赤帽が台車を押して忙しく行き交う中、アッシュが手を上げて一人を呼び止め、エマの荷物を積んでもらった。
汽車で話したところによると、マーゴはパリ郊外のセリュック村にコテージを借りているということだった。 近くには戦後住み着いた外国人富豪たちの別荘が点在していて、ちょっとした社交場になっているという。
駅を歩いているうち、その話の続きになった。
「いろんな人と会えるのよ。 アメリカから来てるハリウッドの女優とか、ベストセラー作家のフィッツジェラルドとか」
人ごみを縫って勢いよく歩くマーゴの後を、エマは必死でついていった。
「フランスのお城を買っちゃった大富豪もいるわ。 かわいい一人娘のために、フロリダのどこかに移築するんですってさ」
「新聞社と銀行持ってるレイバーンだろう? 娘のギルダは本当にかわいいよな」
並んで歩くアッシュが、うわついた口調で相槌を打った。
「でも、お相手があの陰気な秘書じゃ、もったいないよ。 頭は切れるかもしれないけど、あいつ法王庁の金庫番みたいにコチコチの堅物だぜ」
ガラス張りの天井を見上げてから、マーゴがさりげなく訊いた。
「それってソーンさんのこと?」
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