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あの日あの時
23
エマの手から、重なった便箋がすべり落ちた。 拾おうとして身を折ったとき、強い目まいがして、エマはそのまま床に崩れてしまった。
ロデイ……ロディ・ソーン……
最後に会ったのはもう七年も前なのに、手紙の終わりに書き添えられていたその名前は、エマの心臓をえぐった。
十五分もぼんやり座っていてから、ようやくエマは体を起こした。 立ち上がって窓に近づくとき、またも目がくらみ、足が止まった。
ずっと再会を待ち望んでいた。 だが、それが現実になると、こんなに足がすくんで、気持ちがおびえに包囲された。
――七年。 戦争をはさんで七年間。 世の中が変わり、彼も変わった。 でも、私は……?――
不意にスポットライトを浴びせられたように、エマは自覚した。
――私は過去に生きている。 体は二十代半ばを過ぎたが、気持ちは十九のまま。 彼に置いていかれ、忘れられたままで、ひっそり暮らしているだけなんだ――
ようやく、知り合いの忠告や、マーゴの誘いが、胸に染みこんできた。 人は嫌でも前に進まなければならない。 片をつけよう。 現在のロディを見て、あの夜の話をしっかり聞いて、過去の自分に別れを告げよう。
なぜか胸ではなく喉が焼けるように痛くなってきたが、かまわずに、エマはウィンプルを呼んだ。
「ウィンプルさん、荷造りをします。 手があいていたら、手伝ってちょうだい」
エマがカレーの港に降り立ったのは、六月二十日のことだった。 波止場には約束通り、マーゴが新型のポルシェで迎えに来ていた。
その車の運転手を見て、エマは驚いた。
「アッシュ!」
「やあ、久しぶり」
マーゴのただ一人の親戚であるアッシュは、粋なアスコットタイを結んだ軽装で、前にもましてスマートに見えた。
気軽に車を降りて荷物を運び入れてくれるアッシュに、懐かしさも手伝って、エマは笑顔で話しかけた。
「ありがとう。 あなたもパリに?」
「そうなんだ。 戦後いろいろあってね」
白い歯を見せるアッシュになおも訊こうとしていると、助手席に乗ったマーゴがじれて声を出した。
「呼んだのは私よ。 さあ、こっちへ来て座って! 話したいことも、訊きたいことも、山ほどあるんだから」
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