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表紙

 あの日あの時  21




 翌年も、そのまた翌年も、戦争は一進一退で続いた。
 次第にさまざまな物が足りなくなってきた。 都会では卵が高級品とされ、市電の運転手や工場労働者に女の姿が目立つようになった。 ドイツ軍の空襲が始まってからは、爆弾の降ってこない田舎に避難する人たちが増えた。 ひっそりしたダラント村にも、親戚を頼ってきた二人の子供と、家族ぐるみで家を借りたドルースという一家が新たに住みついた。

 ドルース夫人のアビーは、ロンドン社交界の花形という噂だったが、気取ったところのないよく笑う感じのいい女性で、なぜか特に、エマに親しみを見せた。
 その理由は間もなくわかった。 ドルース家がこの村に引っ越してきたのは、マーゴから話を聞いていたからだったのだ。
 兵士支援のために開かれたバザーの席で、エマは初めてアビーと親しく話し合った。
「マーゴとは、よくお芝居やパーティーでご一緒したものよ。 たまにここの話をしていたわ。 眠ったような村だって。 もう帰りたくはないけど、ときどき懐かしく思い出すそうよ。
 あなたのこともね。 早くいい人を見つけて幸せになってほしいと、そう言っていたわ」
 エマの胸がずきっとなった。 穏やかに微笑んでいた顔が、引きつりかけた。
 マーゴが慌しく出発していってから、もう三年余り経つ。 最初の年は何度か手紙をくれたが、今では、クリスマスカードのやり取りぐらいしかなくなっていた。 彼女がまだロンドンにいること、郊外に新しくコテージを借りて住んでいることぐらいは知っていたが、それほど会いたいとは思わない。 だから、相手が懐かしんでいると知って、意外な気持ちが隠せなかった。
 エマの心にいるのは、ただ一人だった。 あの恐ろしい夜に、エマはずっと封じ込められていた。 ロディに会って、事情を聞いて、納得するまで、まったく前に進めない。 だが肝心の彼は、海外にいる。 いつ死んでもおかしくない戦場で戦っているのだ。
 村の女たちは、こまごました日用品を詰めた慰問袋を作って、戦場に送っていた。 もちろんエマも、肌着や靴下を包んで、いくつも送り出した。 誰がその袋を受け取るのかはわからない。 でもロディの元に届く可能性だってゼロではないのだから、エマは常に心を込めて、見舞いの手紙を添えて郵便局に持っていった。
 強盗事件の捜査は細々と続いていたが、初期捜査以上の手がかりや有力な証言は、どこからも出てこなかった。 父を殺した犯人を見つけたい、という望みと、絶対にロディじゃないという確信が、いつもエマの胸でせめぎあう三年間だった。

 四年目も同じように過ぎていった。 そして、ようやくあの日が来た。 どんよりと沈んだ十一月の末、人類史上初の世界大戦は、八百万人もの命を奪って、ようやく終結した。

 残ったのは、荒廃だった。 町が破壊され、耕地が痛めつけられただけではない。 人の心に不安が居座り、広漠とした無常観が世の中を支配するようになった。





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