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表紙

 あの日あの時  19




 それからの二週間、自分がどうやって過ごしたか、後からエマはなかなか思い出すことができなかった。
 いろんなことが起きた。 父の検死、何日もの捜査、事情聴取。 検死法廷が開かれて、事件は姓名不詳の犯人による強盗殺人であるという裁定が下された。

 ロディ・ソーンの名は、容疑者リストには入らなかった。 戦時下で様々な情報が統制されていたし、村人は誰も、穏やかな学者肌のロディを強盗と結びつけて考えなかった。
 もちろん、エマも黙っていた。 というより、ほとんど何も考えられなかった。
 毎晩、寝る前に、引き出しからハンカチを出して眺めてみる。 そこにあるのが不思議で、いつも無くなっていればいいと思うのだった。
 だが、ハンカチは常に、引出しの中にあった。 あの呪われた夜、ロディが書斎を訪れた印として。
――お父様が私とすれ違った後、すぐに家へ帰ったとしたら、九時二十分には着いていただろう。 一人だけで書斎にいたとき、ロディが尋ねてきたのだろうか。 そして口論になって、カッとして思わず殴ってしまった…… ――
 ウィンプルの証言が脳裏に蘇った。
『寝る支度をしようと思いまして、十時少し前に階段を下りて廊下を歩いていましたら、書斎のドアが半開きになっていて、灯りが見えたんです。
 旦那様はドアからの隙間風がお嫌いな方ですので、開けっ放しは妙だと思い、見に行きまして、床に倒れた旦那様を……』
 ドアは開いていた。 医者の見立てでは、クリフォードは九時半から九時四十分ごろまでに死んだということだ。 エマが道で父の声を聞いたのが九時十五、六分だったから、その後わずか二十分ちょっとの間に事件は起こったことになる。
――喧嘩になり、殴って、それから気を取り直して金庫をこじ開け、お金を盗むには、短すぎないだろうか?
 順番が逆なのでは? まず泥棒が金庫を開けているところにお父様が帰ってきて、ドアから飛び込み、格闘になったのではないかしら?――
 それならロディが犯人のはずはない! もし彼が書斎を訪れたとしたら、それはすべてが終わった後だっただろう。 荒らされた金庫と倒れた父を見て仰天し、疑いをかけられないように逃げ出してしまったのだ。
 そう思いたかった。 そうとしか思えなかった!
――教えて、ロディ! なんとかして私に連絡を取って! どんな話でも聞く。 あなたを信じるから!――
 毎晩よく眠れず、夢さえ切れ切れだったが、その浅い眠りの中で、エマは何度となくロディの幻にそう叫びかけていた。





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