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表紙

 あの日あの時  15




 夕方の六時過ぎに、ようやく競売会は終わった。 父は、会の主催者たちと旧交を温めるために飲みに行くことになって、エマは近所の人と家路をたどった。
 ハーカーというその男性と、『アンナの店』近くで別れた後、エマは走り出した。 まだ時間はある。 じゅうぶん間に合う。 でも、心臓が不規則に鳴って、走らずにはいられなかった。


 二階に行って着替え、小さくまとめた家出用の荷物をよく確認してから、エマは食堂に行った。 マーゴはもう来ていて、暖炉の傍からのんびりした様子でエマに呼びかけた。
「オークション楽しかった?」
「そんなでも。 絵を二枚買ったけど。 複製画よ。 明日届けるって」
「へえ。 どこに飾るの?」
「まだ決めてないわ。 お父様に訊いて」
「あなたの部屋にするんじゃない? クリフォードはあなたが一番かわいいから」
 エマは驚いて、つやつやと整ったマーゴの笑顔を見つめた。
「そんなことはないわ。 一番はもちろん妻のあなたよ」
 大きく内巻きにカールさせた髪を後ろに振り払って、マーゴはややそっけなく言い返した。
「わかってないのね。 まだ十九だものね」
 子供扱いされた気がした。 エマは唇を噛んで、黙って席に着いた。 すぐに使用人たちが、大きな盆に料理の皿を載せて、ドアから入ってきた。


 話題の乏しい食事を四十分ほどで終わらせると、エマはマーゴにおやすみの挨拶をして、さっと自分の部屋へ入った。
 時刻は九時五分過ぎ。 駅までは十五分あれば行ける。 薄手の地味なコートを羽織り、帽子を深くかぶって、エマは非常階段へ続く裏窓を、こっそり引き開けた。
 とたんに強い風が吹き込んできて、窓枠から室内へ戻されそうになった。 帽子をぎゅっと手で押さえたまま枠をまたぎ越えたとき、部屋の時計は九時十二分を指していた。


 もうどの店も閉まっていた。 街灯の青白い光をたどって、四つ角まで来たエマは、遠くから男たちの声が響いてくるのを耳にした。
 その一つは、間違いなく父のものだった。 エマは素早く脇道に逸れ、更に足を速めた。 賑やかな話し声はすぐに遠ざかり、やがて聞こえなくなった。


 間もなく、駅に着いた。 エマがホームに立つと、顔見知りの駅長がカンテラ片手に近づいてきて、不思議そうに尋ねた。
「こんばんは。 こんな時間にお出かけかな?」
「親戚に不幸があって」
「それは大変だ。 でも、あんた一人で?」
「父たちは後から来ます。 ええと、列車は三十五分に出るんですよね?」
「その通り」
 ほっとして、エマはホームを見渡した。 他に二人の男性が汽車を待っていたが、どちらもロディではないようだった。





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