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表紙

 あの日あの時  14




 赤い目をして家に帰り、二階の部屋へ上がって窓から見ていると、数分後に家政婦のウィンプルがそそくさと門から入ってくるのが見えた。
 やっぱり、とエマは思った。 父が命じて、娘を尾行させたのだ。 ウィンプルはあのにわか雨の間中、どこで雨宿りをしていたのだろう。 上から見た限りでは、ジャケットの色が濃く変わり、スカートが水を吸って重そうに感じられた。

 エマは窓辺から離れ、ゆっくりと部屋を歩きながら、明日のことを考えた。 父はもう、エマの恋人がロディ・ソーンだと知っているのだ。 ロディが一人で村を出ていくまで、監視の目を解かないだろう。
 駅で軽々しく会うことはできない、と、エマは悟った。 発車時間すれすれまで知らん顔をしていて、寸前で駅に駆けつけ、こっそりと乗り込むことにしよう。


  翌朝は爽やかな晴れだった。 エマはいつも通り庭に行き、午前中ずっと花壇の手入れをしていた。 裏木戸から出て塀を調べたくてしかたがなかったが、まだロディが発車時刻を書きこんでいない場合、もう一度行かなければならなくなる。 それでは目立つので、じっと我慢した。
 昼食のテーブルは静かだった。 クリフォードは、無言で料理を口に運んでいる娘を、時々ちらっと眺めたが、自分から話しかけることはしなかった。 一方マーゴは、朝の郵便で届いたファッション雑誌に夢中で、料理そっちのけになっていた。
 食事の後、家政婦がミルクコーヒーを運んできた。 クリフォードはカップを手にして立ち上がり、ぶらりと娘に近寄って話しかけた。
「午後二時から公会堂でオークションがある。 おまえも一緒に行くだろうね?」
 誘いに聞こえて、実は命令だった。 エマはびくっとして背中を伸ばした。
――どうしよう。 もし夕方の汽車だったら、乗り遅れてしまう――
「規模は小さいが、ミレーやセザンヌの複製画が出品されるらしい。 気に入ったらぜひ競り落とそう」
 父なりにエマの機嫌を取っているのだ。 それがわかるだけに、そっけない態度は取れなかった。
「ええ、行きます」
 重く篭った声で、エマはしぶしぶ答えた。

 着替えに二階へ上がると見せかけて、エマは裏の狭い通路をひた走って木戸を開いた。
 壁には例によって、煙を吐く列車や軍艦の落書きが、模様のように散らばっていた。 その中、台形に歪んだ機関車の番号に見せて、数字が四個並んでいた。
「二十一時三十五分……」
 夜の便だ。 エマはほっとして、急いで戸を閉めて戻ったが、途中で足がもつれかけた。

*****


 公会堂には八列ほど椅子が並べられ、四分の三ほど埋まっていた。 エマは父と並んで真ん中付近に腰かけた。 競売の競り係が、運ばれてきた品物を棒で差しながら、次々となめらかに値段を上げていく。 しかし、その掛け声は、ほとんどエマの耳に入らなかった。
 窓から入る日光がどんどん長くなる。 腕時計を見たい自分を抑えるのに必死で、エマは涙が出そうになった。





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