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表紙

 あの日あの時  12




 抵抗しようと思えばできたかもしれない。
 だが、エマは本気でロディを愛していた。 だから、初めて合った唇にうっとりとなり、首筋を後ろから捕らえて離さない手の熱に、心の底まで温められた。
 キスを繰り返しながら、ロディはエマを腕に閉じ込めたまま体を回し、重力を失ったようにふわりとベッドに倒れた。
 雨音は、もう聞こえなかった。 止んだのか、それとも、激しく抱き合う二人の耳に、どんな雑音も入らなくなったのか。


 エマは、横でうつ伏せになっている青年の腕を、肩から手首までそっと指でたどった。
 思ったより筋肉質だった。 彼が息を吸うたびに、肩がわずかに盛り上がって、若い生き物の躍動を指先に伝えた。
 力を取り戻すと、ロディは横に顔を向け、訴えるような眼でエマをじっと見つめた。
「ごめん……」
「いいのよ」
 息で答えて、エマは指を彼の頬に移した。 ロディは顔を傾けて、その指に口をつけた。
「別れない。 絶対に君を離さないからね」
 私だって、と心の中で思ったが、軽々しく声には出せなかった。 エマは睫毛を伏せて、低く尋ねた。
「どうするつもり?」
「君を連れていく」
 きっぱりと、答えが返ってきた。
 エマの瞼が震えた。 改めて、小波のようにおびえが走った。 彼女は、きちんと育てられた上流階級の娘で、これまで親にたてついたことはなかった。
「どうやって?」
「お父さんに頼みに行くよ。 正面玄関から堂々と」
「だめ!」
 反射的に、エマは叫んだ。 クリフォード・ガーランドは一見温厚に見えるが、中身はけっこう頑固で、どちらかというと独裁者だった。 言うとおりにしていれば機嫌よく相手をしてくれるが、重要なことで反対すると、容赦なくつぶしにかかる。 村会の改革をしようとしたエド・バーンは、あの手この手で借金まみれにされ、結局自分の土地を売って出ていかざるをえなくなった。
 三年前のことだった。 エマは当時十六歳の多感な年頃で、父の思わぬ一面を見て衝撃を受けた。
「父は絶対にあなたを許さないわ。 わかるの。 娘だから。
 これからも一緒にいようと思ったら、手段は一つしかないわ」
 二人はお互いの眼を覗きあった。 共に生きようという決心が、どれほどの強さを持つか、しかと確かめるために。
 ロディの口が開いた。
「駆け落ち?」
 エマは静かにうなずいた。






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