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あの日あの時
10
エマは喉のしびれを感じながらも、勇敢に言葉を継いだ。
「ええ、ロディは苦学して大学を出たの。 伯父さんの会社に入るから条件はいいし」
「いくらだ?」
「え?」
「年収はいくらぐらいなんだ?」
「四百ポンド。 あの若さなら悪くないと思うわ」
「うちの収入はその三倍だぞ」
問題にならないというように、クリフォードは片手を振ってみせた。
「大学と偉そうに言うが、オックスブリッジか?」
エマはたじろいだ。
「いえ……オックスフォードでもケンブリッジでもないわ。 でも……」
「結婚には挌というものがある。 おまえはわたしの一人娘だ。 家柄・収入ともに一流でなきゃいかん」
「でもお父様!」
「その話は終わりだ」
珍しく、クリフォードはけんもほろろだった。
「絶対にその男には会わない。 おまえももう付き合ってはいけない」
「そんな!」
「お互いのためだ。 いいかい、エマ、一度だけ、別れを言いに行くことを許そう。 だが、その後にまた会ったりしたら、わたしの力にかけて、ロディ・ソーン君を村から追放するから、そのつもりで」
語気の穏やかさが、逆にクリフォードの決意の固さを物語っていた。 父がこういう話し方をするときには、何を言ってもだめなことを、エマは娘としてよく知っていた。
あまりのことに放心状態で、エマは書斎からよろめき出ると、廊下の壁にもたれかかった。
予想外だった。 反対されそうだと思ってはいたが、まさか顔も合わせようとしないとは……
「会ってくれれば、ロディの良さが絶対わかるのに」
小声で呟きながら、エマは裏庭に出た。
それから、キツネに追われるウサギのように、ぴょんと飛び上がって走り出した。
向かい風が、冷たい涙を引きちぎるように弾いていった。 エマはひたすらに走った。 恋人のもとへ、別れを告げるために。
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