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あの日あの時
9
十分後、父の機嫌がいいことを祈りながら、エマは家路についた。
しかし、正午少し前に帰ってみると、家政婦のウィンプルが珍しくヘマをしたとかで、父は怒りまくっていた。
「棚の埃を払うのに、なにも瓶まで払ってしまうことはないだろう!」
「すみません。 ベルが鳴ったので、ついそちらのほうに気を取られてしまいまして」
ウィンプルは神妙に頭を垂れていた。 その足元には、完成したばかりのボトルシップが無残な姿になって散らばっていた。
縁起が悪い――その思いがふと心をよぎったが、エマはすぐ気を取り直して歩み寄り、小さくなっているウィンプルを庇った。
「他の瓶にもう一度入れ直せばどうかしら。 酒屋のベニーさんに適当な空き瓶がないか頼んでみるわ」
「マストが折れてるんだ」
残骸を拾い上げて、クリフォードは唸った。 だが、エマは引き下がらなかった。
「メインマストを取り替えればうまく直るわよ。 カティ・サークは荒海から生還するのよ」
「うん……まあ、やってみよう」
父が少し穏やかさを取り戻したので、エマは船の模型をまとめて書斎に運び、その後、絨毯の上に散らばったガラスの破片を片づける手伝いをした。
ウィンプルは盛んに恐縮していた。
「すみません、エマお嬢さん。 なんか村中がざわざわしていて落ち着かなくて」
「戦争は嫌ね。 でもきっと、すぐに連合軍はカイゼルを打ち負かすわ」
「そうだといいんですが」
肩を落として、ウィンプルはゴミを外へ出しに行った。 その背中に、エマは尋ねた。
「マーゴは?」
「奥様は教会の臨時ミサに」
戦勝祈願だろう。 後妻のマーゴがいると話しにくいから、今がチャンスだった。 エマは上着のボタンをきちんと止め、鏡で表情を点検してから、書斎のドアを叩いた。
「入りなさい」
父の渋い声が戻ってきた。
クリフォードは明るい窓辺に腰かけ、壊れた船を調べていた。 前に立ったエマは、少しの間その光景を眺めていたが、やがて思い切って申し出た。
「あの、会ってほしい人がいるの」
クリフォードはピンセットで帆をていねいに広げた。
「誰だい?」
「ロディ・ソーン。 ロンドンの会社員よ。 正確に言うと、八月末からだけど」
「男か?」
父の顔が上がり、灰色の目が鋭く娘を見返した。
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