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表紙

 あの日あの時  7




 次の日は雨だった。 その次の日も。
 だから三日目の午後、ようやく空が晴れ渡ったとき、エマは喜び勇んで村はずれの丘に向かった。
 スカーフをなびかせてエマが現れると、側柱の周囲を測っていたロディが、ひざを伸ばしてにっこりした。
「やあ」
「こんにちは」
 視線が暖かく交差した。

 なんでもない昼下がり。 特に劇的なことも起こらないけれど、ページをめくるように心が少しずつ近づいていく。 二人の恋の始まりだった。


 天気のいい日はほぼ毎日、キンケイド・ハイツで二人は会った。
 エマは村一番の名士の娘で、家柄の釣りあう男性が近くにいない。 一方ロディは、粗末な身なりだが上品で、育ちのよさを感じさせた。 だから、村の人々は密かに噂しあっても、二人の交際を大目に見た。 大旦那のクリフォードに告げ口しようという人間はいなかった。 少なくとも中央通りの住人は。

◇◆◆◇


 春は軽やかに過ぎ、緑濃い初夏が訪れた。 エマが大きな麦藁帽子を頭に載せて小道を歩くと、様々な小鳥の声がハーモニーとなって体を包んだ。
 早足になると汗ばむほどの気温だった。 林の小道に入れば、キンケード・ハイツはすぐそこだ。 いっそう元気になって、エマの靴は素早く動いた。

 丘の中腹は広い草原になっている。 エマがゆるやかな坂を登っていくと、千切れた雲が太陽を横切るたびに、輝く緑の葉に影が映って、風と風が追いかけっこをしているように見えた。
 ロディは足先を交差させて、ドルメンの横に寄りかかっていた。 エマを見つけると、静かな顔をおなじみの微笑が明るく照らした。
「エマ!」
 少し息を切らしながらも、エマは大きなバスケットを頭の上まで持ち上げてみせた。
「紅茶とサンドイッチを持ってきたわ! 二人でお茶にしましょう」
 ロディはいそいそと草の上にハンカチを敷き、エマを座らせて、横に寄り添った。 バスケットの中からは、魔法のようにいろいろな物が出てきた。
「チーズにハムに、すぐりのジャム? こんなにたくさん重かっただろう?」
「このぐらい平気よ。 そんなにひ弱じゃないわ」
 そう言いながらハトロン紙を開いていた手に、男の手が重なった。
「お茶の前に、キスをひとつ」
「ちゃんと広げるまで待って。 だめよ、せっかちね」
「一緒にいたいんだ。 ずっといつも」
「それは私も同じよ」
 うっとりするような長いキスを終えた後、二人はお互いの眼の奥を見つめあった。
「いつ言う?」
 エマはためらった。
「そうね……夏の終わりに」
 



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