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表紙

 あの日あの時  6




 あてもなく、ふたりでさまよい歩いた半時間で、お互いのことが徐々にわかった。
 ロディ・ソーンはボーンマスの出身で二十三歳。 エマより四つ年上だった。 父は医者だったが早死にし、ロディは母のわずかな信託基金で成長した。
「働いて大学に行く金を貯めたから、入学が遅れました。 やっと今年卒業できましたが、これから奨学金をこつこつ返していかないと」
 そう言って、ロディは白い歯を見せた。 太めの眉と紺色の眼が、普段は真面目そのものの印象を与えるが、笑うと顔全体がぱっと華やいで、気さくな雰囲気に一変する。 その様子は、灰色がかったたそがれの室内がシャンデリアの灯りで不意に照らされたときのような、心地よい驚きだった。
「もう就職は?」
「決まりました。 おじの会社の役員です。 仕事に就くのが八月末なので、卒業旅行にと思ってこの村へ」
「ダラントへ?」
 エマは不思議がった。
「何のへんてつもない中西部の田舎村なのに?」
「キンケイド・ハイツと呼ばれている丘に、ドルメンがあるでしょう? あそこをぜひ訪れてみたかったんです。 趣味が考古学で」
 ふたりはいつの間にか村はずれに来ていた。 そこはホワイトサイド川のよどみに当たり、小さなボート乗り場とベンチがあった。
「あそこに座りません?」
「そうですね」
 ロディは飛びつくように答えた。 別れて家路につく気は全然ないようだった。

 さらに半時間以上、のんびりと世間話を交わした後、昼時が近くなってきたので、ふたりは席を立った。
 ロディはまた、エマを送ってきてくれた。 門のところで立ち止まったとき、エマは彼に手を差し出した。
「それじゃ、また」
 その手を大事そうに握った後、軽く振って、ロディは名残おしげに離した。
「午後はたいていドルメンにいます。 気が向いたら話に来てください」
「ええ」
 エマは、わずかにためらいがちに答えた。
「子供の頃、あそこには行っちゃいけないと言われてました。 古代の呪いがかかっているんだって」
「ケルト人たちが千年以上後に生まれた我々を呪うとは思えませんね」
 ロディはそう言って微笑した。 するとまた笑顔の魔術が顔一面に広がり、思わずこちらもつられて微笑みたくなってしまうのだった。
 



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