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表紙

あなたが欲しい  58


「いってぇー」
 エイドリアンが呻いたので、クイントは大慌てで彼の長い手足の中から抜け出し、体を曲げて覗き込んだ。
「弾が当たったか?」
「いいや」
 胸ではなく尻を押えて、エイドリアンはズボンがまた破れていないか確かめた。
「背中からドンと落ちたから、一瞬息が止まった」
「一瞬ですんでよかったんだぜ。 拳銃に素手で立ち向かうなんて、ほんとに困った奴だ」
「本気で撃つなんて思ってなかったんだ。 あいつはバカだ。 合理的じゃない」
「やけくそなんだよ。 窮鼠猫を噛むって言うじゃないか」
「そういえば、あいつ逃げちまうかも!」
 もう元気を取り戻して、エイドリアンは再び梯子に取り付いた。
 そのとき、ズシンと鈍い音がした。 建物の反対側のようだった。
 路地の方から女の高い悲鳴が響き、男がわめくのがかすかに聞こえた。
「身投げだ! 誰か医者を!」
 若者たちは顔を見合わせ、一目散にベランダの階段を駆け下りた。

 中庭では、二人の女性が寄り添い合って、はらはらしながら様子を見守っていた。 初めは別々に立っていたのだが、エイドリアンたちが屋根に登ったり落ちたりするたびに、目をつぶったり首を縮めたりしながら次第に近づき、今ではほとんどくっつき合っていた。
 その目の前を、エイドリアンとクイントが走って過ぎた。 とたんに、女性たちは身を乗り出して呼びかけた。
「エイドリアン、気をつけて!」
「やっつけちゃって、クイントさん!」
 それから、お互いの声にびっくりして目を見合わせた。
「あなた、クイントのお友達?」
「ええ、ついさっきから」
 もと偽花嫁のリンジーは、自分が横のゴージャスな若夫人の身代わりにされかけていたことなど全然知らず、うきうきして答えた。


 裏の通りに出たエイドリアンとクイントは、予想していたものを石畳の上に見た。
 マクミランはうつ伏せで両腕を広げ、何かを掴むように右手をギュッと握りしめて息絶えていた。






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