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表紙

あなたが欲しい  57


 左斜め上方で、ギイッと音を立てて掃き出し窓が開き、エイドリアンの叫び声が遠くから聞こえた。
「逃げたぞクイント!」
「よしきた! ちょっと失礼」
 後半の言葉はリンジーにかけて、クイントは素早くベランダの降り口を塞いだ。
 バッグを掴んで飛び出してきたマクミランは、クイントと顔を合わせたとたん、くるりと向きを変え、横に走った。
 そこには、煙突掃除用のはしごが取り付けてあった。

 意外にも身軽にはしごを上るマクミランを見て、クイントは慌ててベランダの階段を駈け上がった。
 同時にエイドリアンも掃き出し窓から大柄な姿を覗かせた。
「エイドリー! 屋根だ! 奴は屋根に行こうとしてる!」
「なに?」
 パッと身をひるがえすと、エイドリアンは木登り熊のようにはしごへ取り付いた。 もうそのときには、マクミランのズボンが庇のスレートに隠れかけていた。

 二人の若者は競うようにして屋根に登った。 黄土色に鈍く光る屋根の上で、マクミランは立ち往生していた。
 これが下町の商店街なら、軒を接する隣りの屋根へ次々と飛び移っていけただろう。 だが、ここはお屋敷町で、隣家の庇ははるかに離れていた。 しかも、逃げ場となりそうな大木は、塀の傍に植えられていて、どの枝も屋根にかかっていなかった。
 マクミランは鞄を胸に抱き、尖った目で二人を睨みつけた。
「寄るな!」
「もう逃げられないよ」
 クイントが穏やかに言った。
「あきらめて降りてこい」
「誰が!」
 そう叫ぶなり、マクミランは不意に、鞄の陰から決闘用の拳銃を引っ張り出した。 若者たちはぎょっとなって、身をかがめた。
「おまえ達こそ降りろ! 道を開けてわたしを通すんだ!」
「断わる!」
 突然、断固としてエイドリアンが怒鳴った。 クイントは思わず首を縮めた。
「エイドリー ……」
 エイドリアンは、すっくと仁王立ちになってわめいた。
「撃てるものなら撃ってみろ! こっちは二人だぞ! 次の弾込めをするまでに、もう一人が飛びかかってブチ殺すぞ!」
 マクミランの口が垂れた。 そして小さく震えはじめ、上体がふらついた。
「くそ…… お前たちさえいなかったら…… こうなったらお前だけでも道連れだ!」
 銃口がエイドリアンの胸をまっすぐに狙った。 とっさにクイントが飛びついて友達の足をすくった。
「うわーっ!」
 銃声が轟くと同時に若者たちは横倒しになって屋根を転がり、もつれあったままベランダに落ちた。






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