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表紙

あなたが欲しい  56


 これまで手足となって動いてくれていたスティラーに去られて、マクミランは孤立無援となった。
 こうなったらもう、逃げるしかなかった。 厄介なことに、フィリパは彼が橋に細工をしている現場を見てしまっていた。 おとなしいが芯は強い娘だから、両親を殺されて黙っているはずがない。 だから強引に結婚させて財産を山分けし、すぐに事故と見せかけて始末する手筈を整えていたのだが……。
 まんまと鼻をあかされた悔しさに、マクミランの顔は歪んだ。 あのクソ弁護士め。 ちゃっかりと財産家の娘をかすめ取った上、彼女と力を合わせて、必ず俺を告訴するだろう!
 こういう万が一の場合に備えて、金庫にいくらか金を隠しておいた。 マクミランは召使たちをかき分け、できるだけ急いで二階へ駈け上がった。

 その後を、エイドリアンとクイントが追ったが、間一髪で書斎のドアを閉められてしまった。
「たしかこの部屋には外にバルコニーがあって、庭に降りられるはずだな。 よし、俺は外に回って待ち伏せる。 おまえはここでドアを破れ」
「よしきた」
 破壊衝動に駆られて、エイドリアンは嬉しそうに腕まくりした。

 階段をすべるように駆け下りたクイントは、裏口から中庭にでた。 丁度そのとき、すぐ上の窓が開いて、中から男ならぬほっそりした女が身を乗り出し、敷居をまたいだ。
 二十歳前後の小柄な女だった。 短めの青いジャケットに茶色いスカートという普段着姿だ。 その裾から、頑丈そうな編み上げ靴がちらりと見えた。
 クイントがあっけに取られて見上げていると、女は窓枠の外にある出っ張りに足をかけようとして、つるっとすべった。
「危ない!」
 クイントが叫ぶとほぼ同時に、女は窓枠に両手でぶらさがり、悲痛な悲鳴と共に落ちてきた。
 そして、スポッとクイントの腕に収まった。

 目のくりっとした可愛い顔を、クイントはしげしげと眺めた。 女も、どうしていいかわからずにクイントの顔を見つめ返した。
 抱いたまま腕を離さずに、クイントは優しく尋ねた。
「やあ、君は誰?」
 彼の胸に抱かれたまま、女は小声で答えた。
「リンジー・ナイツよ。 あなたは?」
「クイント・バーニス」
「あら!」
 名前を聞いたとたん、女の丸い目が輝き始めた。
「もしかして、あのクイント・バーニス? 『アラベラ嬢万歳!』ですっごく粋で、すっごく目立っちゃってる、あの役者さん?」
 クイントの胸が、誇らしさで大きくふくらんだ。 わくわくしている娘をそっと地面に立たせると、クイントは熱を込めてしっかりと自己紹介した。
「そのしがない役者、でも将来の名優、クイント・バーニスです!」






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