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表紙

あなたが欲しい  55


「嘘ですよ!」
 スティラーが大声で嘲った。
 だが、秘書より慎重なマクミランは、急に表情を厳しくして、のびやかな若者三人を窺い見た。
「世の中は規則で動いているんだ。 逆らっても跳ね返されるだけだぞ」
「だから脇道を探したんです」
 クイントが明るく答えた。
「こちらの二人は、スコットランドでめでたく式を執り行いました。 この行ないは、英国の慣習法でも認められています」
 そう言って、クイントは堂々と結婚証明書を出し、居並ぶ客達に示してみせた。

 又ひとしきり、ざわめきが起こった。 エイドリアンはつかつかと、マクミランの前に進み出た。
「夫となり、新しくフィリパの家族となった者として、後見人のあなたに要求します。 わたしの妻に関する書類と財産目録、権利書のすべてを、できるだけ早く引き渡してください」
 フィリパに関するあらゆる権利は、夫であるエイドリアンに移った。 そのことを悟ったマクミランの顔は、みるみる鉛色に変わった。
「あ……あの、結婚証明書が合法かどうか、確かめんと……」
「間違いなく合法です。 ですからこんな茶番劇は一刻も早く中止してください」
 辺りがしーんとした。 それから、客たちは押し黙ったまま、帰り支度を始めた。
 マクミランは、少しの間立ち尽くしていた。 だが、スティラーがいきなり帽子を地面に投げ捨てて、憤然と室内に入っていったのを見て、慌てて後を追った。
 中では、なぜか一人取り残された形のエドワード・ガンツが、白い手袋を手に下げたまま右往左往していた。
「どういうことだ。 何がどうなってるんだ!」
 横を通り過ぎながら、スティラーが噛みつくように怒鳴った。
「もう俺たちは終わったんだよ! この間抜けおやじが手を打たなかったばっかりに、餌をダボハゼにかっさらわれちまったんだ!」
「でもおまえ、もう人を雇う金がなかったんだから仕方ないだろう! あの若造共にちゃんとした見張りをつけるには、何百ポンドも要るんだぞ! そのうえ、あんな遠くのスコットランドまで行くとすると……」
「それならぶっ殺しちまえばよかったんだよ!」
 本性を現して、スティラーは凄んだ。
「オヤジは何やらせてもヘマばかりだ!」
「おやじ?」
 あまりの剣幕にたじろいでいたエドワードが、驚いて尋ねた。 スティラーは激怒でどす黒くなった顔を突き出し、憎々しげに答えた。
「見ろ。 目とか鼻とか、けっこう似てるだろう? 俺はこいつの息子なのさ。 踊り子との隠し子だが」
「黙れ!」
 マクミランは息を切らせた。
「わたしは認知してない。 勝手に名乗るな!」
「へいへい。 もうこっちから願い下げだよ。 勝手に破産でも何でもしな!」
 怒鳴るだけ怒鳴ると、スティラーは横の窓をこじ開け、ひょいと飛び越えて、さっさと屋敷から姿を消した。






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