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表紙

あなたが欲しい  54


 身軽に降りてくる花嫁の衣装は、豪華だがなんとなく黄ばんでいた。 口を尖らせたエドワードを見て、マクミランは慌てて取り繕った。
「このドレスはエディス伯母のものなんだ。 由緒あるホニトンレースだよ。 ほら、よく見てくれたまえ」
「一日だけの借り物ですからね」
 スティラーも口をそろえた。
 そこへ、馬車が故障で遅くなったガンツ父が到着し、列席者が揃ったところで、温室の壁にずらりと蝋燭が灯された。
 外の柔らかい陽射しと蝋燭の金色の光とが、うまく溶け合ってガラスに反射し、さすが名家の結婚式らしい豪華な雰囲気となった。
 がやがやという話し声が静まり、招待客が居ずまいを正して並んだ中を、しかつめらしい表情のマクミランが花嫁と共に歩んでいった。
 もう一歩で神父の前に並ぶ、というところで、裏門がきしんだ。 どうやら誰かが体当たりをしている模様だ。 ドンドンという雑音に、何人かの客が背後を気にし始めたとき、遂に門が破られた。
 つんのめり状態で、二人の青年が飛びこんできた。 グレイと黒の燕尾服でそれぞれ正装し、ぴかぴかのシルクハットを被っている。 落ちそうになったその帽子を急いで押し上げると、グレイの燕尾服は後ろに手を差し伸べて、ピンクの綾絹とオーガンジーでできた夢のようなドレスをまとった女性を導き入れた。
 一方、黒の燕尾服のほうは、まず咳払いをしてから、あっけに取られている人々に向かって、なかなかの美声を張り上げた。
「ご列席の皆様、突然の登場をお許しください。 このような無法を、許しておくわけにはいかなかったのです。
 この結婚式は、まったくの無効です!」
 温室の奥にいて事態に気づかなかったスティラーが、血相を変えて飛び出してきた。
「何をしている! 不法侵入だ! 皆さん、こいつらを追い出してくだ……」
 言葉が途切れた。 グレイの燕尾服、つまりエイドリアン・クーパーに守られて立っている豪華な女性を目にしたとたん、舌がもつれてしまったのだ。
 彼女は、小さなレースの日傘を落ち着いて畳み、ゆっくりと前へ進み出た。
「こんな式は認めません。 私が、本物のフィリパ・メアリ・スペンサーなのですから」

 どこからともなく、ホーッという驚きの溜め息が聞こえた。 偽の花嫁に腕を貸していたマクミランは、さすがに度を失わずに温室から堂々と出てきた。 そして、フィリパを鋭く見据えながら、強い口調で言った。
「やっと戻ってきたな。 さあ、すぐ自分の部屋へ上がりなさい。 言いたいことは山ほどあるが、今はいい。 無事に帰ってきてくれればな」
 そして、間をおかずに客のほうを向くと、説明を始めた。
「驚かせて申し訳ないが、式は正当です。 あの花嫁は、本人が見つかるまでの代理でした。 婚約ももちろん有効で、式は必ず……」
「無理です」
 エイドリアンが、初めてそっけなく口をきいた。
「この人は、名前を全部言いませんでした。 今の本名は、フィリパ・メアリ・スペンサー・クーパー。 つまり、エイドリアン・クーパー夫人なんです」






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