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あなたが欲しい
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イートンからスコットランド国境の町グレトナグリーンまでは、百四十マイル(=約二百三十キロ)以上の距離があった。
なぜ三人がグレトナグリーンを目指しているかというと、その町だけが親や教会の許可なしで結婚式を挙げてくれるからだ。 だから中世・近世を通じて、駆け落ちのメッカとして広く知られていた。
徹夜で馬車を飛ばし、コヴェントリで馬を交換することになって、目立たないようにクイントが一人で旅館を探した。
彼の基準は、親切で実直そうなおかみさんのいる宿。 そのわけは、翌日の朝に宿賃を清算するときになってはっきりわかった。
クイントはおかみさんを人目につかないところに連れて行き、哀しげな顔で訴えた。
「ね、ファーガソンさん、あの娘は僕の妹って言ったけど、実は旧家のお嬢様で、友達と駆け落ちするところなんだ」
「あらまあ」
ファーガソン夫人は目をまん丸にした。
「そりゃあ大ごとだね」
「そうなんだ。 二人は深く愛し合っててね。 それなのに樽みたいに太った金持ち爺さんが彼女を見初めて、求婚してきやがったんだよ」
「まあまあ!」
「二人を幸せにしてやりたい。 その一心で逃げてきたけど、爺さんも執念深そうだから、もしかすると追っ手をかけるかもしれない」
「うんうん」
「それで」
クイントはすばやく、おかみさんの赤くふくれた手に金貨を握らせた。
「誰かが訊きに来たら、僕たちを見なかったことにしてくれないか? お願いだ。 若い二人を助けると思って!」
おかみさんは、飼い主を求める犬のようなクイントの目に見入り、それから手の中のものに視線を移した。
そして、深く息を吸い込むと、金貨をクイントのポケットに戻した。
「黙っててあげるよ、もちろん。 金は要らない。 ここからまだ長いんだ。 必要だろ?」
クイントは心から感動して、両手でファーガソン夫人の手を握りしめた。
「ありがとう! ほんとに」
音を立てて夫人の頬に感謝のキスを贈った後、クイントは飛ぶような足取りで、恋人たちの待つ馬車へ向かった。
ドアに寄りかかって、おかみさんは無骨な馬車が道を曲がって姿を消すまで見送った。 皺の寄った眼に微笑が浮かんだ。
「いいねえ、若いって。 あんなふうに無鉄砲に、後先考えないで飛び出せるんだもんね」
さて、残った食器を洗わなきゃ、と裏口に向かったとき、エプロンが風にあおられた。 押えると、ポケットに何か入っていた。 ポケット口をあけて覗き、ゆっくりと金貨を取り出して、おかみさんは苦笑した。
「気を遣う子だね。 帰り道もうちに泊まってほしいもんだ」
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