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表紙

あなたが欲しい  48


 それは、中流以上の階級で使われるプロポーズの決り文句だった。
 堅苦しく儀礼的な上に、心を伴わない言葉。 言い方もせわしなく、気持ちが篭っているとは感じられなかった。 またしても肝心なとき、エイドリアンは自分の真実を愛する人に見せるのに失敗していた。
 ――だめだ。 だめだ、こんな申し込み方! 俺ってどうしてこうなんだろう。 言いたいこと、言うべきことは山のようにあるのに、なんて情けないんだ……!――
 これじゃどう見たって財産目当てだ。 断わられて当然だ。 エイドリアンは全身を固くして、運命の一撃を待った。
 かすかな月明かりの下で、フィリパは無表情なまま、同じように感情を見せない声で答えた。
「ご厚情をありがたく思い、謹んでお受けします」

 そのとたん、エイドリアンはよろめいた。
 信じられないほどの嬉しさと切なさが襲ってきて、大波にさらわれたように足元が定かでなくなった。
 何がなんだかわからないうちに、彼はフィリパをがっちりと抱きしめ、勢いあまって家の壁に押しつけていた。 喉を縛っていた幻の鎖が断ち切れて、奔流のように言葉がほとばしり出た。
「リビー! 僕のリビー! 僕が欲しいのは君なんだ! お嬢様なんて、初めから本気で望んじゃいなかった!
 僕はただの僕で、君はただの小間使い。 それでいいと思ってた。 でも、君は君じゃなくて、僕のことも初めからハッタリだと知っていて……辛いよ、こんなの! 君と公園に行った日に、僕はフィリパ嬢をあきらめたのに。 リビー・コーネルと生きていこうと、心に強く決めたのに!」

 猛烈にきつく抱きすくめられたまま、フィリパは数秒間黙っていた。
 やがて、きゃしゃな体が次第に熱を帯びた。 頬にもふわっと赤みが広がった。
「エイドリアン」
「なに?」
「もうちょっと腕をゆるめて。 そうしたら、私もあなたに愛の言葉を囁けるから」

 手紙を置いて、素早い足取りで引き返してきたクイントが目にしたのは、恋人たちがしゃにむに抱き合って、激しく唇を重ねている姿だった。 エイドリアンの大きな手が、夢を慈しむようにフィリパの背中を上下し、フィリパの腕は、翼に似た白い袖を広げて、夢中で彼の首を引き寄せていた。
 クイントは壁の陰に一歩下がって身を隠し、二人に聞こえないように溜め息を噛み殺した。
――やっぱりな。 俺の思ったとおりだ。 いくら口下手なエイドリアンでも、やるときはやるんだ。
 でも、くそっ、やっぱり悔しい。 俺だって……俺だって、君のこと…… ――
 見るのが口惜しくて、そっぽを向いたまま、クイントはわざと足音を立てて裏庭に入っていった。 そして、慌てて離れた二人に、陽気な皮肉を投げかけた。
「そんなことは式を挙げてからゆっくりやれ。 それとフィリパさん、ナイトキャップは脱いだほうがいいですよ」
 あっという表情で、フィリパは頭からギャザーのたっぷり入ったキャップを引き下ろした。






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