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表紙

あなたが欲しい  46


 コンウェイ弁護士には、岩のような顔に似合わずロマンティックなところがあったらしい。 駆け落ち、という言葉にしびれてしまい、頼んでいないのにスコットランド国境までの旅費をエイドリアンに出してくれた。
「ほれ、二人分。 いや、三人分必要だな。 どうせクイント君も行くんだろう? いざというときの用心棒に必要だから」
「はい」
 とっさに天使のような顔をつくろって、エイドリアンは慎ましく答えた。

 ことは急を要する。 その足で、エイドリアンはカシアス劇場の裏口に駆けつけ、クイントが『アラベラ嬢万歳!』のニ幕目を終えて下手へ出てきたところを捕まえた。
「おい、三幕に出番はあるのか?」
「なんだよ、急に」
 不意に衣装の裾を掴まれて、クイントはたたらを踏んだ。
「急用なんだ。 今すぐ出かけなきゃ間に合わないんだ!」
「三幕目はバックコーラスだけだから、一人ぐらいいなくても気付かれないだろうが」
 真っ白に塗りたくった顔の中で唯一いきいきしている茶色の眼が、焦るエイドリアンの表情を探った。
「五分待て」
「遅い!」
「じゃ、三分。 もう馬車は借りたか?」
「いや、これからやろうと思って」
「そっちこそ遅い! さっさと行って裏口に引いてこい!」
「わかった」
 エイドリアンは大きな体をひるがえして、一目散に走り去った。


 というわけで、クイントがメイクを落とし、衣装を着替えて八分後に出てくると、エイドリアンが頑丈な二頭立ての馬車を乗りつけるのに充分間に合った。
「さあ、乗って!」
 あわただしく手綱を揺らそうとするエイドリアン目掛けて、クイントは籠をポンと放った。
「受け取れ。 差し入れのプディングとワインだ。 途中の晩飯代わりにな」
「なんでもいいから、早く乗れ!」
 口の端に微苦笑を浮かべて、クイントは身軽く御者席の横に飛び乗った。





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