表紙目次文頭前頁次頁
表紙

あなたが欲しい  40


「それで、と」
 エイドリアンが中途半端に尋ねた。
「君、ここに泊まるのかい?」
リビーはケラケラと笑い出した。
「まずいでしょう、いくら何でも。 うちへ帰るわよ。 これでも下町に父ちゃんと母ちゃんがいるんだから」
「送っていこう」
「僕も」
 気軽に立ち上がったクイントに続いて、エイドリアンも空腹をこらえて階段を下りた。 なぜか、どうしても送っていかなければならないと感じた。 いろんな事件を取り扱っている日常の勘がそうさせたのかもしれない。

 三人がまとまって外に出たとき、二人連れの男が道の向かいにたむろしていた。 その男たちは、下宿屋のドアが開くのを見ると、すぐにくわえていた安い葉巻を投げ捨てて、石畳の道を渡ってきた。
 エイドリアンはリビーを背後に庇うと同時に、小声で注意をうながした。
「ごろつきだ。 きっとスティラーが雇ったんだ」
 薄いヴェールの陰からリビーが囁き返した。
「私は大丈夫。 奴らがピストルを持ってない限りはね」
「銃は音がする。 使うとしても最後の手段だろう」
 最後に出てドアを閉め終わったクイントが、すっとエイドリアンの横に並んだ。
「私服警官じゃないか?」
「違うだろう。 誘拐罪で捕まえて、取り調べのときにノッティンガムでの悪行がばれたら、奴等にとってはまずい」
「そうだな。 じゃ、思う存分暴れていいわけだ」
 クイントがゆっくり腕まくりしている間も、じりじりと男二人は詰め寄ってきた。 後ろに回していた手を前に出すと、仕込杖と棍棒が握られていた。
 そこで余裕を持って間を置いたのが、二人の悪党にとって致命的となった。 エイドリアンの優男ぶりを見て油断したのだろうが、ニヤリとして足を緩める暇があったら、さっさと仕込杖を抜くべきだった。
 エイドリアンの手が素早くポケットに入り、何かを掴み出して、前にいた男の顔めがけて投げつけた。
 見事命中したものは、刻み煙草の粉だった。 男がのけぞった一瞬の隙に、エイドリアンは長い腕を突き出して杖を奪い、前屈みになって思い切り男の脛〔すね〕をなぎ払った。
 脚の中でも一番痛い箇所だ。 男は激痛に顔を歪め、引き倒された銅像のように斜め前に倒れ伏した。






表紙 目次前頁次頁
背景・ライン:punto
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送