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表紙

あなたが欲しい  38


 やがてエイドリアンは、重い口を開いた。
「じゃ、木の枝から落ちてきたのも……」
 フィリパは慌てて、むきになった。
「あれはわざとじゃないわ! 手が滑ったのよ。 あなたが受け止めてくれなかったら、きっと道にぶつかって怪我をしてたわ」
 それは確かにそうだ。 エイドリアンは少し落ち着いた。
「じゃ、後しばらく、君の誕生日までここに隠れていてくれ。 その日が来たら迎えに来るから」
「ええ」
 息を詰めるようにして、フィリパは答えた。 そのままドアへ向かおうとして、エイドリアンは大切なことを思い出した。
「それで、君の誕生日は、いつ?」
「九月七日」
 細い声が返ってきた。 エイドリアンは中途半端にうなずき、帽子を取った。
「じゃ、その日まで」
「待って!」
 フィリパは数歩でエイドリアンに追いつき、手提げから財布を出して、彼に渡した。
「アルフレッドおじを調査してください。 お願い! 自由の身になったら、あの男が何をしたか告発してやりたいの!」
「当然だ」
 短く言い切り、エイドリアンはぎこちなく財布を受け取った。 

 ふたりはそのまま別れた。 以前とはまるで違ったよそよそしい空気がただよったまま。


 複雑な思いを抱えて道に出たエイドリアンは、荷馬車が待っていたのでほっとして、急いで乗り込んだ。
 ロンドンまで三時間ほどの旅だった。 乗せてくれた農夫に礼を言い、ビールを一パイントおごって別れた後、エイドリアンは飛ぶように事務所へ戻った。

 コンウェイは怒っていなかった。 むしろ面白がっていて、怒鳴り込んできたスティラーをさんざんやり込めた話を、ご機嫌でエイドリアンに話してきかせた。
「えらく身勝手で高慢ちきな男で、婦女子誘拐だなどと騒ぐから、証拠はあるのかと問いつめてやったんだ。 すると、被害者はお前さんをまったく見ていないということがわかった。 被害者が見たのは平凡な顔の男で、火事のふりをして襲ってきたとか何とかわめいていたぞ。 だから、ただの強盗だろう、婦女子のほうは自分で逃げ出したんじゃないかと言ってやった」
 そこでコンウェイは片目をパチリとつぶってみせた。
「平凡な顔の男って、クイント君だろう?」
「ええ、まあ」
 エイドリアンはためらいがちに答えた。






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