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表紙

あなたが欲しい  37


 初めは低いささやきだったフィリパの声は、話が進むにつれて熱が入り、はっきりとエイドリアンの耳に届くようになった。
 それにつれて、エイドリアンは不安な気持ちに悩まされはじめた。 その不安は、フィリパの手が柔らかく触れたときに、確信に近いものに変わった。
 エイドリアンは弁護士見習だが、実は口よりも行動のほうが早いタイプの青年だった。 彼はいきなり物も言わず、あいているほうの腕を伸ばすと、サッとフィリパの分厚いヴェールを持ち上げてしまった。

 弱いランプの光でも、丸く光る活き活きした眼と、少し上を向いたかわいい鼻の輪郭は、はっきりと見てとれた。 エイドリアンは一声唸り、腕を引っ込めて立ち上がった。
「君は……!」
 ヴェールが元のように顔に垂れかかるのを、フィリパ、つまりエイドリアンの『リビーちゃん』は急いではねのけ、自らも飛び上がるようにして立った。
「聞いて! 騙すつもりはなかったの」
「どういうことなんだ。 君は本物のリビーとすりかわって……」
「他に手がなかったのよ! リビーにダミー役を頼んで、ときどき出かけてたの。 お母様から受け継いだアクセサリーを売りにね。
 いつか逃げ出すにはお金が必要だった。 それには、小間使いが女主人の宝石をくすねて売りに来たと思わせるのが自然でしょう?」
「本物のリビーの入れ知恵か?」
「そうよ」
 エイドリアンは額に手をやった。
「初めて逢ったときも、それだったんだな」
「あのときは、帰りついた直後だったの。 庭にいたら、あなた達の話が風に乗ってきて……だから、もっとよく聞こうと思って木に登ったの」
 え……?
 エイドリアンは冷水を浴びたようになった。
――俺たちの話って、ブサイクな金持ち娘を引っかけて婿におさまろうっていう、あの相談か?!――
 フィリパはうつむいた。 とたんにまたヴェールが前に落ちてきたため、帽子ごと脱ぎ捨てた。
「チャンスだと思ったわ。 あなた達に賭けてみようと思った。 冒険だけど、親の仇に追いまわされるより遥かにましだって」
 しびれたような、何ともいえない気持ちで、エイドリアンはフィリパの言葉を聞いていた。






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