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表紙

あなたが欲しい  36


 神父は裏手の苺畑で手入れをしていたが、エイドリアンが頼むとすぐ小さな離れへ案内してくれた。
「ここは、行き倒れや、大きな声ではいえないが駆け落ちしてきた若者たちの避難所として使っているんだ」
 ノックすると、すぐに返事があった。
「はい?」
「カーシーです。 クーパー君が緊急の話があると」
「あ、ちょっと待ってください」
 中で動き回る音が聞こえ、やがて扉が細く開いた。 隙間にかかった指は白くすんなりとして、すでに昨日の腫れは収まっていた。
「どうぞ」
「失礼します」
エイドリアンは、気詰まりを感じながら体を斜めにして戸口から入った。 神父は苺の世話が残っているからと、裏庭に戻っていった。

 中の窓はカーテンが厚く下りて、ランプの火は細く、ほとんど暗がりといってよかった。 エイドリアンは勧められた椅子に座ると、挨拶を省いてすぐ要点に入った。
「今日来たのは他でもありません。 クイントが立ち聞きした件についてです」
 向かい合った椅子に腰かけた娘は、驚いて身じろぎした。
「じゃ、アルフレッドおじさんと私の言い合いを……」
「ええ。 ノッティンガムで何があったんですか? どうか教えてください」
 一瞬のためらいの後、フィリパは心を決めた。
「アルフレッドおじは、両親が馬車で通る道に仕掛けをしたんです。 橋げたが折れるように仕組んで、二人を事故にみせかけて死なせてしまったんです!」
 最初は低かった声が、興奮で次第に高まった。
「私はバカでした。 花摘みに行った帰りに傍を通って、おじが細工している現場を遠くから見ていたのに、気付かなくて……
 おじが嫌いだったので、よけて通りました。 声をかけることもせずに。 あのとき、大声で挨拶していれば、おじは計画を止めていたでしょう。 だのに私は……」
 肩が揺れ出した。 泣いているのがわかったので、エイドリアンは儀礼的に手を伸ばして、細い腕に置いた。 その心は驚きに揺れ動いていた。
「では、あなたが孤児になったのは偶然ではないと?」
「ええ、おじがすべてやったことです。
 私はこれまでずっと、信頼できる味方を探していました。 ようやく一昨年にリビーを見つけたのですが、彼女には下町の仲間はいても、社会的地位のある知り合いはいなくて、私を救い出すことはできなかったんです。 こうやってあなた方にめぐり逢うまでは」
 エイドリアンの手に、そっとレースの指なし手袋をはめた手が重なった。






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