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表紙

あなたが欲しい  35


 金策は、もう一週間分エイドリアンがコンウェイから給料の前借をすることで、けりがついた。

 仕事をなくしたら大変だ、リビーはこっちで様子を見に行くから、とクイントに説得されて、エイドリアンはしぶしぶ事務所に行った。
 夜なべ仕事に取りかかりながらも、エイドリアンの心は千々に乱れていた。 リビーが心配だし、フィリパのことも気にかかる。 金を受け取っての別れ際、クイントに言われたことが胸に引っかかっていた。
「さっき盗み聞きしてて驚いた。 四年前の八月十四日に、マクミランはノッティンガムで何かやらかしたらしい。
 おそらく橋に細工して、わざと事故を起こしたと思うんだが、フィリパ嬢に詳しく訊いてみないか? あの助平おやじのシッポが掴めるかもしれないぜ」
 四年前の夏か…… エイドリアンは表情を引き締めた。 マクミランはエイドリアンの存在を知っているから、宿屋でぐるぐる巻きのところを発見され紐を解いてもらったら、すぐこの事務所へ押しかけてくるに決まっている。 その前に、マクミランの弱みを知ることができれば、フィリパ嬢を救う有力な武器になる。
 豪腕、とはまだいかないが細腕ぐらいのこの自分、エイドリアン・クーパーの初めての依頼人を、鮮やかな仕事ぶりでアッと言わせたかった。

 翌朝、コンウェイ弁護士がのんびりと出勤してきたとき、机の上にはきちんと整理された書類が載っていて、上に紙片が添えてあった。
『差し迫った事情で出かけます。 午後には戻れると思います。 どうかお許しください。
 それから、留守中に招かれざる訪問者があるかもしれませんが、すべて言いがかりですので、信じないでください。 急ぎ戻ってから説明いたします。
       エイドリアン・クーパー』
「おい、また消えたのか、あいつ」
 コンウェイが呟くのとほぼ同時に、ドアが慌しく開いて、受付兼弁護士見習のトミー・クックが、きれいに撫でつけた頭を突き出した。
「コンウェイさん、スティラーというお名前の紳士が見えて、クーパーさんを出せと凄い剣幕で」
 再び手紙に目を通すと、コンウェイは苦笑した。
「これがそのことか。 ふん、面白そうだ」


 天使のような優しい顔をしていると、人を信用させるのにとても役立つ。 エイドリアンが足を痛そうに引きずりながら、西へいく荷馬車や四輪馬車に合図すれば、必ず乗せてもらえた。
 おかげで彼は正午前に、早くもイートンに着くことができた。 最後に乗った荷馬車の農夫に帽子を取って礼を述べると、相手は笑いながら帽子を振り返してきた。
「お安い御用さ。 足首、まだ痛むんだろう? なんなら帰りも乗せてやるぜ。 二時にロンドンへ羊を届けに行くからよ」
 ぱっとエイドリアンの顔が輝いた。
「ありがたい! そうさせてもらえたら助かります」
「じゃ、この道端で待ってな。 拾ってってやるから」
 これで帰りの足が確保できた。 ほっとして、エイドリアンは、森に隠れた教会堂へと向かった。 馬車が見えなくなるまでは、右足を引きずってみせるのを忘れずに。






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