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表紙

あなたが欲しい  32


 それからクイントは、白いハンカチを取り出して窓辺でひらひらさせた。 かねての打ち合わせ通り、火を消して上に来いと合図したのだ。
 エイドリアンは、すぐに石炭入れを引っくり返し、裏階段を爪先立ちで上がってきた。 そこで二人は、たっぷりと重いマクミランの体を持ち上げ、部屋に運び入れて戸を閉めた。
 エイドリアンはきびきびと首のネッカチーフを外した。
「お前のも貸せ。 そこの呼び鈴の紐も引きちぎれ。 こいつは厳重に縛りあげて、箪笥に放り込んでおこう」
「いい考えだ」
 紐とスカーフを投げ渡した後、クイントは奥に通じるドアに近づき、小声で呼んだ。
「フィリパさん、もう大丈夫。 助けに来ましたよ」
 わずかな沈黙の後、ひどくかすれた声が問うた。
「エイドリアンさん?」
 クイントは一瞬唇を噛んだが、すぐ気を取り直して優しく言った。
「いや、クイントです。 助けに来ましたよ」
「アルフレッドおじさんは?」
 マクミランのことだ。 クイントは後ろを振り向き、エイドリアンが背中に馬乗りになってギシギシと縛っているのを見て笑いそうになった。
「クリスマス用のハムみたいにがんじがらめにされてますよ。 鍵をかけてるんですか? さあ、もう大丈夫だから、ここ開けてください」
 また不自然な沈黙があって、ささやき声が答えた。
「あの……私、ひどい姿なの」
 クイントは早とちりしてしまった。
「服着てないんですか? 平気ですって。 ここにソファーカバーがあるから戸口で広げますよ。 あなたが出たとたんにパッと包んで……」
「ちがうんです!」
 中の声が濁った。
「服は着てます。 モーニングティーに眠り薬を入れられたらしいんですけど、味が悪かったからほとんど飲みませんでした。 ですから、さらわれたとき、とっさに意識が遠ざかったふりをして……それで、ここに来てすぐ、隙をうかがってここに飛び込み、鍵をかけてしまったんです。
 私は何もされてません。 これまでも、リビーが守ってくれました。 そして、もう一つ……アルフレッドおじさんが私に手を出せなかった理由があります。
私…私、今、二目と見られないような顔になってるんです……」






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