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あなたが欲しい  30


 やがて足音が止まり、低くノックの音がした。
「フィリパ」
 返事はない。 もう一度、ノックが響いた。
「フィリパ。 ここを開けなさい。 いつまで閉じこもっているつもりだ」
 ドア越しに、かすかな声が戻ってきた。
「いや。 あなたが出ていくまで、私は絶対にここを開けません」
「それなら鍵を壊しても入るよ」
 マクミランの声が不気味なかすれを帯びた。 ドアの奥の娘は、悲鳴に近くなった。
「止めて! 大声を上げますよ!」
「やってみなさい」
 マクミランはせせら笑った。
「この部屋は一番奥だ。 それに宿の主人には鼻薬をかがせてある。 ちょっとぐらい叫び声が聞こえても耳をふさいでくれるさ」
「悪党!」
 思わぬ罵り言葉が、フィリパの口をついて出た。 マクミランが怒ってドアを叩きつけるのが聞こえた。
「なんだと! 目上に向かって!」
「目上? あなたが? 私は知ってるのよ。 四年前の八月十四日の夕方、私は花摘みに野原へ出ていた。 帰る途中であなたを見たわ。 上着を脱ぎ、袖を捲り上げてムーンシャイン橋の下にいた。 手に何か光るものを持って。 今考えると、たぶん鑿〔のみ〕か大型のナイフか……」
「何を言っているんだ!」
 マクミランは大声で笑った。 だが、その笑い声には驚きと自信のなさが入り混じっていた。
「あの日わたしはヘレフォードにいたんだ。 証人もいる。 ノッティンガムなんかに行けるわけが……」
「それはきっとあなたじゃなく、あなたの従兄のハルよ。 髭を剃ったらよく似ていると、マッダレーナ小母様が言っていたもの」
「ばかばかしい!」

 ドアの外で、合図も忘れて、クイントは緊張で乾いた舌をなめた。 部屋の二人の間には、とんでもない秘密があるらしい。 これまで四年二ヵ月もの間、闇に埋もれていたその秘密が、今フィリパの口からマクミランに叩きつけられようとしていた。
 





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