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表紙

あなたが欲しい  29


 五分ほどして、繋いだ借り馬の近くにいたエイドリアンの元に戻ってくると、クイントは軽く片目をつぶってみせた。
「ばっちり。 お姫様は二階の端、一番奥まった部屋に入れられてる。 一緒に来た男は二人。 そのうちの一人は、小間使いらしき女性をせき立てて、もう一台の馬車に乗って出ていったらしい。
 恐らく残っているのはマクミランだろう。 宿泊予定は今夜だけだそうだ。
 おっと、上を見ちゃだめだ! 見張っているかもしれない。 気付かれるぞ」
 エイドリアンは心配でならないように、道の彼方を見ていた。 連れ去られた『小間使い』のほうを追いたいに違いないが、クイントはわざと腕をがっしり掴んで言い聞かせた。
「そっちは大丈夫だよ。 急な出発だったから、別荘の下準備を命じられてたって。 今ごろ窓を開けて掃除に大わらわだよ」
 エイドリアンは、ほっとしたのを隠すかのように慌ててそっぽを向き、小声で訊いた。
「これからどうする?」
 クイントは口を尖らせた。
「俺ばっかりに頼るなよ。 居場所を聞き出してきてやったんだから、今度は自分が頭を使え」
 帽子を目深に引き下ろし、いらいらと短い距離を往復した後、エイドリアンは意を決して顔を上げた。
「火をつけよう」
 馬の鼻面を撫でていたクイントは、ずっこけそうになった。
「おいおい!」
「本当に放火するわけじゃない。 枯草を集めて何かの入れ物、ほら、あそこにある鉄の石炭入れみたいなもので燃やして煙を出すんだ」
「敵を文字通りいぶり出すってわけだな、ハハハ」
 一人で受けているクイントの体を押して、エイドリアンは道具小屋の裏手に入り、細かい打ち合わせを始めた。


 秋の太陽は見る間に沈み、ひやっとした夕暮れになった。 布目もわからぬ真っ暗闇になる前に、まず身軽なクイントが宿屋の裏口からそっと忍び込み、足音を殺して二階に上がった。
 目当ての部屋にたどり着くと、クイントは身をかがめ、鍵穴に目を寄せて中の様子を見ようとしたが、角度が悪くて向かいの壁がほんの少し視野に入るだけなので、今度は耳を当てて聞き取ろうとした。
 最初に聞こえたのは、重い足音だった。 明らかに男の靴音で、部屋を行ったり来たり、落ち着きなく歩き回っていた。
 





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