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表紙

あなたが欲しい  28


 クイントが素早くエイドリアンを見た。
「会う約束をしてたのか?」
 反射的に視線をそらして、エイドリアンは低く答えた。
「うん、正午ぐらいに」
「ふうん」
 皮肉な口調で返すと、すぐにクイントは友の腕を掴んだ。
「そんなことより、急いで探そう!」
「どうやって?」
「お前の情報網だよ! ほら、仕事の関係で街のチンピラとか物乞いとか、警官なんかにも顔が広いだろう? 黒塗りで紋章つきの箱馬車が二台連なっていったんだ。 目立つぞ。 きっと誰かが目撃してる」

 クイントの言ったとおりだった。 マクミランは貴族ではないが地方の名家出身で、派手な鳥の紋章を持ち物につける習慣があった。 屋敷の玄関にもちゃんとついていて、その由来をクイントは隣家の小間使いロバータから聞き出したのだった。
 そのため、エイドリアンが情報屋の一人を聞き込みに出すと、表通りの薬屋、渡し舟の船頭、水売りなどから、黒い馬車が通ったという情報が次々と集まった。 どうやらマクミランは南西のウインブルドン方面にフィリパ達を連れて行ったらしいのだった。


 訴訟資料はほぼ完成していたので、翌日の午後までに必ず間に合わせるという約束で、エイドリアンはコンウェイ弁護士に半日の休みを貰い、クイントと共に追跡体勢に入った。 そして、一時間ほど訊き歩くうちに、箱馬車の内一台が、街道沿いのとある旅館に横付けされたことを知った。
 そこからは、クイントの出番だった。 彼は鳥打帽を粋にひん曲げ、シャツを腕まくりして鉛筆と手帖を出し、いかにも世慣れた騒がしい雰囲気を出しながら旅館に入っていった。 そして、鼻にかかった声で受付の男に尋ねた。
「やあ、君。 僕はウィークリーガゼットの記者なんだが、ミランダ・バードさんがこの宿に泊まってるそうだね」
 受付は目をパチクリさせた。
「ミランダ・バード様ですか?」
 とたんにクイントはそっくり返った。
「おい君、まさかあの有名なミランダさんを知らないなんてことはないよね。 スタントン劇場でもオールドヴィックでも絶賛を博した名女優だよ。 あの超有名な大女優を、まさか知らないなんて」
「いえ、お名前は知っておりますよ。 でも、その有名人がどうして……」
「とぼけないでくれ。 お忍びに決まってるじゃないか。 分厚いヴェールをかけた女性がお付きの男たちと入ってきただろう? 知らないとは言わせないよ」
「はあ」
 催眠術にかかったように、受付はこっくりうなずいた。
 





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