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表紙

あなたが欲しい  25


「やめましょう、こんなお芝居。 現実に戻ったとき、かえって侘しくなるわ」
「人生は夢。 人は神のあやつり人形。 うたかたのように書き割りの背景の前を行き来するだけの儚〔はかな〕い幻」
 クイントがわざと大げさに節をつけて言うと、リビーはむきになって反論してきた。
「いいえ! 人生は現実よ。 精一杯生きて家族を愛して、それなのに理不尽に命を絶たれる人もいる。 それも神の御業?
 ちがう。 悪魔よ。 悪魔がすべてをめちゃくちゃにするんだわ!」
 不意にリビーが激昂したので、クイントは驚いて腰を浮かせた。
「どうしたの? エイドリアンと何か……」
「ううん、あの人じゃない。 彼には何の関係もないの。 ただ、ちょっと思い出して……」
 自分を抑えようとして、リビーは軽く頬を叩いた。
「今日は落ち着きがないわ。 いろいろあったから考えがまとまらない。
 ありがとう、クイントさん、慰めてくれて。 それで、もう一つお願いがあるの」
「いいよ、何でも言って」
 クイントが身を乗り出すと、リビーはごく小声で囁いた。
「明日また来てくれる? お話したいことがあるのよ。 これまで誰にも秘密にしていたこと」
「じゃあ」
 クイントは素早く考えた。
「明日の昼興行が終わった後。 三時では?」
「ええ、このベンチで待ってるわ」
 僕だけかい? それともエイドリアンも?――訊きかけて、クイントは中断した。 できれば、自分一人で会いたかった。

 リビーはすぐに家の中へ消えた。 ベンチの背もたれに手をついて、クイントは灯りのついた二階の窓を見上げた。
 やがてそこに、二人の女性のシルエットが映り、すぐに遠ざかった。 それでもじっと目を据えたまま、クイントは呟いた。
「リビーちゃん。 悪い子だな。 君が本当に小間使いだと思ったから、安心して好きになっちゃったじゃないか。
 でも、君の心はエイドリーのもの。 俺が最初に望んだとおりなんだけどさ。
 辛いよ、リビーちゃん。 どうしてくれる?」
 





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