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表紙

あなたが欲しい  24


「でも……」
「黙って。 特別サービスなんだから、受けなきゃ損だよ」
 それで、落ち着かないながらも、リビーは口を閉じた。
 とたんにクイントの声が、音楽のように耳を包んだ。
「不思議だな。 汽車の中で誰かと並んですわってもどうってことないのに、君の横にいるだけで、どうしてこんなにどきどきするんだろう」
 住宅街は静まり返り、時たま馬車の音が通り過ぎていくだけだった。 夕暮れ時で地面は湿りを帯び、踏みしだいた草から青い匂いがほのかに上がってきた。
「できるならずっとこうしていたい。 あ、でも君は嫌かもしれないね。 恋なんて大抵は片方の思い込みだ。 一緒にいたいと思うのは、僕の勝手かも」
「そんなことはないわ」
 辛うじて、リビーはこの不思議な黄昏時の芝居に加わることができた。
「そう? 嬉しいな。 ずっと言いたかったんだよ、君はかわいいねって。 風が吹くたびに耳元で揺れる小さな巻き毛が、金のイヤリングよりずっと素敵だって」
「じゃ……言ってくれればいいのに。 遠慮しないで」
 リビーは鼻声になりかけて、ハンカチで口を押えた。 これが本当にエイドリアンの声で、エイドリアンの本心ならどんなにいいだろうと思いながら。
「そうはいかないんだよ。 思いが深ければ深いほど、喉が強ばって言葉が出なくなるんだ。 代わりに出てくるのが冷や汗。 握った手がじっとりして、首筋が冷たくなるんだ」
「確かに緊張するわね。 もっと近づきたい。 でもあまりなれなれしくして嫌われたくないし」
「そうそう。 言いたいことは胸一杯に詰まっているのに、言い方がわからない。 思い切って目に想いを込めて見つめてみるけど、緊張のあまり怖い顔になってたりして」
「見てくれるならどんな顔でもいい。 私だけを見つめてくれるなら」
「他のものなんか目に入らないさ。 ただ君だけ。 君の暖かみのある愛らしい顔だけ」
 思わずうっとりしそうになって、リビーは強く唇を噛みしめた。
 





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